先月掲示された通知、思い出した。確か内部進学テストの結果は、本人通達の直前まで担任には知らせないとか何とか。
それにこの時期にアキって言ったら、内進しかない。アキは先生たちから、首席の期待をかけられてるんだ。
でも首席かどうかなんて、一般の受験が終わるまでわかんなんじゃないか?
オレに言い当てられた先生は、ちょっと残念そうな顔をする。
「やっぱり知ってたんじゃないか」
「知りませんでしたよ。でもこの時期だったら、それしかないと思って」
「相変わらず勘がいいな、お前は」
溜め息を吐いて、山野先生は苦笑いを浮かべた。
「長い付き合いですしね」
「まあな」
オレは高等部に上がった時から山野先生の教え子。二年のときだけは担任じゃなかったけど、教科担任だった。
信頼してるし、頼りにしてるから。オレから相談を持ちかけることもあるし、先生から他の生徒のことで、相談を受けたこともある。オレがどんな時でも言葉に気をつけてるのは、山野先生だけだ。
お前の勘には勝てない、なんて肩を落としてる先生の顔を覗きこんだ。
「早く教えてくださいよ」
「もうわかったんだろうが?」
「内容までわかるはずないですよ。教えてくださいって」
山野先生はずっと、アキのことを気にしてた。アキを心配する気持ちもあったんだろうけど、先生たちの間で、首席の件について、随分せっつかれてたみたいなんだ。
三期目の生徒会を組織するときも、アキを外してはどうかと言われた。勉強の時間が削られるからって。
もちろん、オレにそんな理由を受け入れる気はなくて。あの時だけは山野先生と意見がぶつかったんだよな。
その先生が嬉しそうに笑って、いっそう声を潜めて呟いた言葉。
「首席、当確だ」
「マジで?!すげーじゃん!」
やったじゃん!
めちゃくちゃ勉強してたアキ。ムリすんなって思ってたけど、頑張ってる姿に何も言えなかったから、マジ嬉しいっ!
思わず笑み崩れてしまうオレを見て、山野先生は何度もうんうん頷いてた。
あれ?でも、ちょっと待てよ。
一般の受験が始まってねえのに、当選確実って早すぎねえ?どんな奴が受験に来るか、まだわかんないだろ?
「そーいうの、今からわかるもんなんですか?」
さんざん喜ばせて、年明けたら間違いでしたとか、言わないでくれよ。
山野先生はまた周囲をきょろきょろ見回してる。大丈夫だって。誰も聞いてないよ先生。
「例年はそうなんだがな。…ここだけの話だぞ?まだ発表前だから」
「了解」
「千秋の点数が、驚異的だったんだ。文系科目は全て95点以上」
「…マジで?」
先生は懐を探り、長細い紙を見せてくれた。教科ごとの点数が全部印字してある、内部進学テストの合否結果用紙。ずらりと並んだアキの点数を確認しながら、オレは溜め息をついてしまう。
……あいつ、天才なんじゃねえの。
英語が得意なのは知ってるけど、国語と政経が98点とか、ありえねえ。
まあな、アキは努力しただけの結果を出す奴だからさ。
自慢の兄貴がはじき出した、脅威の点数をひとつひとつ見つめてたオレは、ふと最後の項目に視線を止めた。
「…理A?」
「なんだ、どうした?」
「いや…なんでここに、理Aの点数なんか書いてるのかと思って」
理科総合A、92点。理科目の苦手なアキにしては驚くような点数だけど、待ってくれよ。化学Tが必須科目だったじゃん。
嫌な予感がして点数表示の上の行に視線をずらせたオレは、声が出せないほど驚いていた。何度見ても、オレの見間違いなんかじゃない。
氏名、笠原千秋。
志望学科、文学部英文学科。
なんだよこれ……どういうこと?アキの志望学科はオレと同じ、工学部設計都市学科だろ?
「いやあ千秋から直前に志望を変えたいと言われたときは、大変だったぞ実際」
「…志望を、変えた?」
呆然と呟くオレの言葉が聞こえなかったのか、先生は楽しげな表情を浮かべて、ことの経緯を話しだす。
「なにしろ言い出したのが、試験の三日前だからな。そんな例外、本当なら許されるはずがない。職員室では賛成の先生と反対の先生で、大揉めだ。とにかく本人の話を聞こうと翌日には会議を開いて、千秋を呼んだんだが。会議には理事の方々まで押しかけただろう?あの時はお前がついて来るもんだと思ってたが、まあ、あの場合は藤崎先生で正解だったのかもしれんなあ」
「…………」
一琉ちゃん?……なんでそこに、一琉ちゃんが出てくるんだ?
あいつ化学Tが苦手だからって、それだけが不安だからって言って……それで一琉ちゃんのとこへ通ってたんだろ?