【その瞳に映るものD】 P:01


「ねえ、待って!ナツ待ってってば!!」
 必死に追いかける僕を振り返ろうともしないで、ナツはどんどん先を歩いていく。
 嶺華(リョウカ)学院高等男子部。
 早足で廊下を歩くナツの行き先は、進む方向から生徒会室だってわかってるけど。少しでも早くナツと話したい僕は、必死でその後ろ姿を追いかけていた。
「アキ先輩おめでとうございます〜」
「ようアキ、すげえじゃん。おめでと〜」
 声を掛けられ、仕方なく歩調を緩めて、取り繕った笑顔を見せる。遠くなっていくナツの背中に、僕の焦りはどんどん大きくなっていた。
「ありがと、ごめん急いでるから」
「あ、副会長〜!おめでとうございます」
「うん、ありがと」
 すれ違う同級生や後輩に答えるたび、ナツとの距離は開くばかりだ。
「ごめんね、通してくれる?ありがと。ごめんちょっと急いでるから…」
 言い訳をしつつ、先を急ぐんだけど。次から次に声を掛けられ、僕は思うように先へ進めない。



 ついさっき、6月の月初生徒総会があったんだ。月初めの金曜日、午後の授業を休みにして行われる、生徒総会。これは毎月恒例のもので、大抵は連絡事項を伝えるだけで終わる。
 先月の半ば、内部進学の審査テストが終わってからというもの、僕は完全に集中力をなくしてしまっていた。今日の生徒総会で何をするか、自分が知らないでいることにさえ、さっきまで気付かなかったんだ。
 ほんともう、最低……副会長のくせに。

 担当の先生から、月末から来月の始めにかけて二年生が行く、修学旅行の話があって。先月の中間テストの報告会になって。最後に、内部進学テストの話になった。
 そうしたら急に、ナツが壇上へ上がったんだ。
 何も聞いてなかった僕は驚いたけど、最近ろくに口も聞けないでいる後ろめたさから、黙ってナツの動向を見守ってた。まさかナツがあんなこと言い出すと思わなかったから。

 ――ここでオレから報告させてもらう!三年ならみんな知ってると思うけど、首席合格を期待されてた我らが副会長、笠原千秋!文学部英文学科の受験教科、平均92点っていう脅威の成績で首席確実だ!テメーら拍手で祝え〜!!

 歓声と拍手を送られながら、僕は自分がどんどん青ざめていくのに気付いてた。
 ……今、ナツ文学部って言った?!
 周囲の同級生から押し出され、この展開を知っていたらしいクラス担任の山野(ヤマノ)先生に導かれて、僕も舞台の上へ押し上げられたんだけど……ナツはけして、僕の顔を見ようとしなかった。
 楽しげに笑って、さすがオニイサマ、なんてみんなを盛り上げて。僕の肩に腕を回して、それでも僕を見ようとしない。
 驚きで震えてる僕の背中をばしっと叩いたナツは、勝利宣言をどうぞ〜なんて言ってマイクを渡してくれたけど、その時も僕と目を合わさなかった。
 しどろもどろに何を言ったのか、思い出せない。そのままナツが適当に場を切り上げ、総会は終わって。
 舞台を降りたナツは、いつも通り帰宅の途につく生徒たちの相手をしながら、講堂を出て行った。
 
 
 
「ありがとう、うん、頑張るよ。ありがとう…ちょ、ごめん。通して!急いでるんだお願い、わかったから、ごめんっ」
 同じ言葉を繰り返しながら、僕はやっとみんなの輪を抜けて生徒会室へ向かう。その時にはもう、ナツの姿は視界から消えていた。
 ……どうしよう。
 どうしよう、ねえどうしよう!ナツは全部知ってたんだ!
 直前になって進路を変更した僕のこと。
 ナツに一言の相談もしないで違う道を選んだ、僕のことを。
 両親にさえまだ伝えていない、文学部への進学。
 いつ言おう、いつ言おうって悩んでるうちに月が替わって、それでも僕はナツに自分の気持ちを話せなかった。
 最初は本当に、ナツと同じ工学部を受けるつもりだったんだよ。自分が理数系じゃないことはわかってたけど、夢に向かって走るナツの一番そばにいるのは、自分なんだって。そう信じてたから。
 でも藤崎先生にナツと僕は双子だけど違う人間だって言われて、君自身はどうしたいの?って聞かれて。ナツとは違う道を歩きながら、ナツの夢を応援しようって決めたんだ。

 それは本当に、生まれて初めて僕が、自分ひとりで決めたこと。
 いつもいつもワガママだけ言って、最終的な決断をナツに頼ってた僕が、自分で決めたことなんだ。

 どうしても言い出せなかったのは、いつも一緒にいた僕たちの関係を、裏切ってしまったように思えたから。
 毎日毎日、話そうとして。でもどうしても言えなくて。時間が経てば経つほど、どんな言葉で伝えればわかってもらえるか、答えが見えなくなってしまう。
 でもね、またナツの勘の良さに頼って、気付いてもらうのを期待するようなマネはしたくなかったんだ。