【その瞳に映るものD】 P:02


 言い出せない自分と、言わなきゃいけないと思ってる自分のジレンマに苛まれて、どうしたらいいかわからず、ナツを避けるようになっていた。
 だから、気付けなかった。
 まさかナツが、全部知ってたなんて。

 生徒会室にたどり着いたら、扉の前に小柄な藤崎(フジサキ)先生の姿が見えた。
「先生…」
 小さく囁くと、先生は頷いてくれる。そしてちらりと扉を見た。
「ナツくんは中にいるよ」
 声を潜める先生の隣に立った僕は、縋るように先生の細い手を握る。
「ナツ、知ってた…」
「そうだね」
「先生が教えたの?」
「いや…山野先生が話されたらしい。先月のことだそうだ」
 先生も渋い顔をしてる。
 早く話してしまいなさいって、ずっと言われてたのに。
「…怒ってるよね…」
 情けなく呟く僕の背中、先生は宥めるように優しく撫でてくれた。
「一緒に行くかい?」
「先生…」
「ぼくも一緒にいた方がいいなら、付き合ってあげるよ」
 メガネの向こうの目が、柔らかく微笑んでる。僕は一度だけ先生の細い身体をぎゅうって抱きしめると、首を振った。
「…自分で、言うよ」
「そうか」
「一人で大丈夫。先生がいたら、ナツは僕を責めることも出来ないと思うから…
 先生を気遣って、ナツが本心を言わなくなったら本末転倒だと思うんだ。
 大丈夫、なんて言ってるくせに先生の白衣を離せない僕の手。先生がきゅって握ってくれた。
「なら、ここで待っていてあげるから。行っておいで」
 そっと背中を押され、扉を開ける。
 教室と同じ広さの生徒会室。その真ん中くらいに、ナツがこっちに背を向けて立っていた。

 ゆっくり扉を閉め、静かに近づく。
 僕の気配に気付かないわけないのに、ナツは振り返ろうとしない。
「…ナツ、ごめんね」
 怒ってるよね、ナツ。怒らせて当然のことを、僕はしたんだ。
 どんな風に責められても、ちゃんと受け止めようって思って。ナツのそばに立った僕は、振り返った顔を見て息を飲んだ。
「ナ、ツ」
「謝らなくていい」
 曖昧に笑って僕を見つめるナツは、真っ青になってる。そのまま倒れてしまうんじゃないかって思うくらい。
 今までまともに向き合わず、逃げ回っていた自分を殴りつけてやりたかった。
 こうして、そばで見てればわかるよ。僕と同じ造形の顔が、僅かに痩せてしまってること。あまり寝てないのか、目の下に陰が出来てしまってる。
 僕はこんなことにも気付けなかった。
 驚きを隠せないでいる僕を見て、ナツが柔らかく笑う。
「なんて顔、してんだよ」
 ひたりと頬に触れたナツの手は、びっくりするくらい冷たかった。
「ごめん…ごめんなさい…っ」
「いいって。謝んな」
 ナツの手を握って、額に押し付ける。
 僕はバカだ。自分のことばかりで、ナツがこんなになるまで、気付けなかったなんて。
 首を振って謝罪を繰り返す僕の前で、ナツはゆっくり息を吐いて。もういい、って囁いてくれる。
「先回りして悪いんだけど、父さんたちには伝えといたから。祝いの用意してるってさ。早く帰んな」
「ナツ…いつから、知ってたの」
 僕が尋ねると、ナツは掴んでる手をゆっくり引き離してしまう。
「十日ぐらい前かな。山野先生がすげえ喜んでてさ。教えてくれた」
 いつも通りの気軽な調子で肩を竦めたナツが言う。
 そんなに前から知ってたなんて。はっとして、僕はナツの肩を掴んだ。
「十日前って、ナツが体調崩して先に帰った日のこと?」
「…………」
 ナツが生徒会室に来たとき、すごく顔色悪くしてて、先に帰ってしまったことがあった。
 今までそんなこと、一度もなかったんだ。ナツが自分の仕事を僕らに任せて、帰るなんてこと。
 様子がおかしいのには気付いてたけど、帰宅してから会ったナツはいつも通りだから……まさか、あの時もう知ってたの?
「どうして?!どうして何も言わなかったんだよっ」
 理不尽な僕の言葉に、ナツは苦笑いを浮かべる。
「…ごめんな」
 辛そうに零れる謝罪のことば。
 僕は慌てて首を振った。
 まただ。またこうして、僕はナツに謝らせてしまう。
「違う…っ」
「アキ?」
「違うよ、謝らなきゃいけないのは、僕の方だ。僕は酷いことを、してる」
 自分で言わなきゃいけなかったのに。
 ちゃんと伝えてれば、こんなことにはならなかったのに。
「本当にごめん…黙ってるつもりじゃなかったんだ」
「もう、いいって」
「何度も話そうと思ったんだけど、どう言えばいいのかわからなくて、それで…」
「アキ」
 僕の前髪を緩く引っ張ったナツは、目が合うと首を振って「いいから」って囁いていた。
「話せなかったんだろ?」
「…うん」
「志望が同じだって言ってくれて、オレがあんまり喜んでたから、引っ込みがつかなくなったんだろ?進路変更…間に合って良かったな」
「ナツ…」