鞄を放り出し、ただぼうっと天井を見上げる。
生徒会室の上にある、視聴覚室。
巨大なスクリーンを正面に、この教室は7席ずつひと繋がりになっているから。そこへだらっと腰掛け、行儀悪く机に足を投げ出して、高い天井を見上げていた。
結局オレは、アキから何も話してもらえないまま、今日の月初総会を迎えてしまった。
タケルや、シェーナのオーナーである美沙(ミサ)さんに、毎日のように慰めてもらってたけど。自分が少しずつ沈んでいくことに気付いてたよ。
迷惑かけちゃったな。
普段はあんまり店に顔を出さない美沙さん。でもこの十日間、ずっとシェーナでオレを待っていてくれた。
アキくんを信じよう?って、みんな言ってくれて。オレも自分にそう言い聞かせてたんだけど。結局何も変わらないまま、今日になってしまった。
月初総会でのオレの言葉を聞いて、アキはきっと驚いただろうな。
生徒会室まで必死に追いかけてきてくれたアキは、何度も何度もオレに謝ってくれた。
でもアキの謝罪の言葉を聞くうち、オレは自分が余計に落ち込んでいくのを感じていたんだ。
アキは言うつもりでいて、言うべきこともわかってて、それでも言えなかった。
アキに言わせなかったのは、オレ。
オレがアキの言葉を導いてやらなかったから。
言いたいと思ってるアキに、ちゃんと向き合ってやらなかった。自分のことに手一杯で、オレはあまりにも思慮に欠けていたんだろう。
いつだってオレは、やらかしてから後悔する。周囲を傷つけてから気付くんだ。
幼い頃、幼馴染みの直人(ナオト)とアキと、三人で遊んでいた時のことだ。
じいちゃんの住む屋敷は、笠原家の本邸だってだけのことはあるデカい家で、オレたちは当時、そこの探検にハマってた。
毎日のように屋敷を探検して、ついに家の中を制覇したオレたちは、行っちゃいけないと言われていた裏庭を次の目的地に決めていたんだ。
秋の始め頃だったと思う。
探検の当日になって、直人が怖いからイヤだと言い出した。
オレはその頃、今よりずっと何もわかってないガキで、自分のことばっかで、自分の尺度でしか物事を見られなかった。
直人がどうして頑なに嫌がるのかなんて、少しも考えてやれなかったんだ。
心配して励まそうとしてるアキに、首を振る直人を見てたら、我慢できなくなって。自分が遊びたいのに必死で。
――怖がりは来んな!泣き虫っ!
オレは直人にそんな身勝手な言葉を叩きつけると、アキの手を引っ張って探検に出てしまった。
鬱蒼とした裏庭は、子供の手には負えなくて。結局は屋敷に者に見つかり、連れ戻されて、オレとアキの探検は終わったんだけど。
どろどろの服を着替えさせられてる時になって、周囲の大人たちが、直人の不在に気付いた。
今とは違い、同い年のオレたちよりずっと小さくて、身体の弱かった直人。
泣きながらオレたちを追いかけ、屋敷を出た直人のことを、庭師が見ていた。
日が落ちてからようやく発見され、大人に抱えられて戻ってきた直人は、意識を失い真っ青な顔をしていた。
ごめんなさい、と泣きながら声を上げるアキの隣で、オレは何も言えなかった。
悪いのはオレだ。
オレが直人に無茶をさせた。
孤独を怖がる直人のことを、オレは何も知ろうとしなかった。直人が一人で置いていかれたら、どんな行動に出るか。ちゃんと考えていたら、一人で倒れてしまうような辛い経験をさせずに済んだのに。
無知であることがどんなに恐ろしいか、オレはあの時、自分に刻み付けたはずだ。
後から気付いても、仕方ない。
終わった後に知ったって、何の役にも立たない。
オレはいつも一人で先走って、自分が孤立していることに気付く。みんなが見ているものを、自分だけが見てなかったって、後でわかるんだ。
そんなオレのこと、アキはいつもフォローしてくれた。振り向けばいつだってアキがいて、オレが見逃したものを教えてくれる。
だからアキのことは、絶対に見失わないように。
これまで頑張ってきたつもり、だったんだけど。
「もう、間に合わねえのかな…」
唇を噛み締める。
以前ならこの痛みがアキに伝わるから、やらないように注意してたけど。もう構わない。
血が出そうなほど強く噛み締めて、オレは目を閉じていた。
もう、間に合わない。
どんな言葉で言い繕おうとも、アキと遠く離れすぎて、オレにはあいつのことがわからない。
藤崎一琉(フジサキイチル)を庇ってオレを見下ろしたアキは、オレの全然知らない顔をしていた。
あんなアキ、見たことない。