一番そばにいたはずのオレが知らないことを、藤崎と共有しているんだと。そうアキは言い放った。
――やっぱり僕とナツは、違う人間なんだ。ナツには僕の気持ちなんて、わからないよ。
きっぱり言われて、オレは絶望することしか出来なかった。
ここ数日、オレはそれと同じことをずっと自分に言い聞かせて、傷ついた気になってたけど。
たぶんアキが「そんなことない」って、言ってくれるんだと思ってたんだろう。
じんわり目頭が熱くなっていく。
オレはどこから間違ってた?
もっと早くに、オレ自身がアキに文学部へ進むよう、説得していれば良かった?
先生たちの思惑が大きくなっていることをアキに告げて、注意を促がしていれば良かった?
でもまさか、藤崎がアキを唆すなんて、思わなかったから。
藤崎は他の、嶺華(リョウカ)の伝統に傾倒している教師とは違う存在だと、オレは簡単に信じてしまっていた。
アキには知らせないようにしてたけど、去年末あたりから首席合格の件は、先生たちの課題みたいになってたんだ。
アキを生徒会の副会長には指名しないよう、圧力もあったし、呼び出されもした。進路に関しても、何度となく点数を取り易い方向へ転換させるよう、話があった。
アキがオレと一緒に進むことを望むなら、オレの進路ごと変えないかって。入学してから学部を変わることも出来るって。
オレはそれらのことごとくを、アキには言わず勝手に断っていた。
アキ自身が文学部へ行きたいとか、勉強に時間を割きたいというならまだしも、先生の都合でアキの意志を制限するなんて。
首席で合格して欲しいのは、先生たちの勝手な願望だ。しかも嶺華の伝統を自分たちの代に止めたくないっていう、傲慢な願望じゃないか。
オレは嶺華を気に入ってるけど、そういう伝統に縛られるやり方は好きじゃない。
藤崎一琉は今年入職したばかりだ。
嶺華の格式とか伝統とか、そういうのとは無縁の世界から来た先生。
生徒会顧問の役目を押し付けられても、真摯に取り組んでくれてる様子を見ていたオレは、この人なら問題ないと判断した。
だからアキが藤崎のもとに入り浸るのも仕方ないって、他の先生から距離を置かせるためにも、その方がいいと思って。
……オレはまた、肝心なことを見逃していたんだ。
判断を誤ってしまったせいで、オレは大事な双子を取り上げられてしまった。
ぎゅうって身体を小さく抱きしめて、目を閉じる。
泣きたくない。泣いたらもう立ち上がれない。……でも泣きたいんだ。ほんとは誰かに情けない姿を晒して、慰めてもらいたい。
だってオレはもう、アキのために頑張ったりしなくてもいいんだから。
ふっと誰かの声が聞こえた気がして、オレは顔を上げた。
違う、携帯の着信音だ。
取り出した携帯に表示されていたのは、タケルの名前。
こんな凹んでるってのに、それを見ただけで思わず笑みが浮かんでしまう。
ほんとこいつは、タイミングいいんだか悪いんだか。
携帯を開き、耳に押し当てると、躊躇いがちな声が「ナツ先輩?」と囁いていた。
「よう、早いな」
いつもはもう一時間くらい、遅い時間に連絡取るのに。オレの応答に安堵したような、タケルの息を吐く音が聞こえてくる。
『悪い、どうしたかと思って』
「うん?」
『今日だって言ってただろ?生徒総会でのアキさんの首席合格発表』
「ああ…そっか。そうだな」
アキの進路のことを知ってから、タケルとは毎日会ってたから。心配してくれてんだ。
『どうしてるかと思って…邪魔したか?』
懐かしく感じるくらいあったかい、タケルの気遣わしげな声。
「あ……」
『?…先輩?どうかしたのか』
「タ、ケル」
『どうした』
その低い声を聞いてるだけで、さっきまでの泣きたい気持ちが落ち着いてくる。
オレは噛み締めていた唇を、指先でなぞった。
「…タケル?」
『ああ』
「なあ…お前、今どこ?」
『さっき学校を出てきた」
「そっか」
『あんたは』
「ん…まだ嶺華ん中にいる」
『…アキさんは?』
タケルに聞かれ、オレは息を詰めた。
アキは……どうしてるんだろうな?藤崎とまだ一緒なのかもしれない。もう帰ってるのかも。
――オレにはわからないよ。
『先輩?』
「あ、ああ。ごめん…アキはいないよ」
オレは今一人っきりだよ、タケル。見えないお前と、声で繋がってるだけ。
『…………』
タケルは言葉を失って、しばらく黙ってたけど。いきなり静かな声で『会おう』って囁いてくれた。
「…え?」
『今から。時間あるだろ』
「あるけど…」
『出来るだけ早く、シェーナへ行く。アンタが落ち着いてからしか来たくないって言うなら、ずっと待ってる』
「タケル…」
『…会いたいんだ』