「一琉ちゃんに聞いたよ。自分には音楽の才能がないけど、タケルは違うって言ってた」
オレの言葉にぎゅうっと眉を寄せたタケルが、この話はしたくないとばかりに離れようとするから。今度はオレがタケルを引き寄せる番だった。
「聞けよ」
「…………」
「何かを見てたわけじゃないし、聞いてたわけじゃないけど…オレの家も色々あるからさ」
婿養子の父が結婚を反対された理由は、吊り合わない家柄だった。
オレのイトコが夢を諦めた理由は、笠原家の直系に相応しくない仕事だと言われたからだった。
そういう理不尽がまかり通るような、面倒な家にオレも生まれている。
「誰かに何か、言われたか?」
「…………」
黙ってるタケルを見て、苦く笑う。
オレも同じように、アキを庇い続けていたから、わかるよ。お前の一琉ちゃんを思う気持ち。
「オレは無駄な同情も、余計なお節介もしない。ただちょっと心配なだけ」
「先輩…」
「お前が辛い目に遭ってたら嫌だなって。それっくらいはいいだろ?」
そう言って引き寄せたタケルの頭を撫でると、うん、ってちいさく呟いてくれた。
「なあ…どうしてタケルは、ピアノを弾かないんだよ?」
尋ねるオレから、またタケルは目を逸らせてしまう。
「…どうでもいいから。音楽なんか出来なくても、生きていけるだろ」
「好きなんじゃないの?」
「別に」
「…シェーナで話してたとき、お前が好きだっていう曲は、メロディラインが綺麗なものが多かったから。タケルはピアノの旋律とか、好きなんだろうなって思ってたんだ。…またオレの勘違い?」
じっと目を見て尋ねるオレに、答えられなくてタケルは下を向いてしまう。
溜め息をついて、オレは自分の話を始めることにした。
「…オレも習ってたんだ、ピアノ」
「先輩が?…でも、今は…」
「やめてる。…好きだったんだけど。アキがやめたいって言ったとき、一緒にやめたんだ」
自分の希望なんか、あの頃のオレはどうでも良かった。アキが喜ぶなら何でも平気だったんだ。
タケルの首に手を回し、こつっと額をくつける。
「せ、せんぱい」
「続けてれば良かったな」
「…え?」
「そしたらタケルと一緒に弾けたのに。上手いんだろ?一琉ちゃんが、言ってた」
何もかもアキの希望を優先するなんて、それがアキの負担になる可能性を、少しぐらい考えなきゃいけなかった。
額をくっつけたまま目を開けて、息がかかりそうなくらい近くなったタケルの瞳を見つめる。覚悟しろよ?この距離じゃ、絶対に嘘なんかつけないからな。
「もう一度始めるから、オレと一緒に弾いて?」
「…ピアノ?」
「ん…最初は下手だと思うし、時間もかかるだろうけどさ…タケルが一緒に弾いてくれるならオレ、頑張るから…」
出来ることを探そうと思うんだ。
アキのためだって自分に言い訳して、諦めたこと。今さらだけど、ひとつずつ確かめてみたい。
それは本当に、必要なかったのか?
諦められる程度のものだったのか?
もう一度始めてみたいんだ。何でもやってみて、続けるものと、やめるもの。自分で選ぼうって思ってる。
もう逃げちゃいけないんだ。
「タケル…?」
囁くように名前を呼ぶと、タケルに身体が重なるほど引き寄せられて。
勢いのせいで唇が触れたように思ったけど、タケルが何も言わないから、オレも何も言わなかった。……ちょっとキスみたいで驚いたんだけど。
「アンタの前でしか弾かないと思うけど、それでもいいか?」
「ん…いいよ、それで」
「…約束する…練習、しておくから」
ぎゅうって抱きしめられながら囁かれて、オレはタケルの体温にうっとりしながら目を閉じた。
なあ、タケル?
オレたちはもう少し、お互いの兄弟から離れなきゃいけないんだろうな。
それはかなり不安で、寂しいことだけど。距離を置かなきゃ見えないことが、きっとあるから。
そっとタケルの身体を押し戻して、柔らかく微笑んだ。
「ありがとうな」
「…先輩」
「明日っからまた忙しくなるから、あんまり会えないけど。頑張ってみるよ…タケルにも約束、したんだからさ」
立ち上がってソファーを降りるオレを、タケルが戸惑った顔で見つめてた。
これからのこと、一琉ちゃんには相談したけど、まだ決めなきゃいけないことが色々あるから。今度話すよ、タケル。
オレはソファーに座るタケルを見下ろして、何度か短い髪を撫でると、額に軽く口付けた。
昔、母さんがやってくれてたみたいに。
「おやすみ、タケル」
「え…ああ…うん」
静かにタケルの部屋へ戻り、借りてるベッドへ横になる。
タケルの匂いがするなって、そう思ったらなんかやけに安心して、オレは深い眠りについていた。
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≪ツヅク≫