【その瞳に映るものE】 P:13


 驚きに目を見張るオレに、タケルが頷いた。
「黒帯じゃないけど、実力は有段者と同じくらいあるんだ。…なんか、段位取ったら使えないとか言って、昇段試験受けずにやめてた」
 それってまさか素人相手に使ったとき、凶器に認定されやすいから?……まさに一琉ちゃんらしい理由だな。
 オレは溜息をつく。まだ嶺華に怪我人が出ていなくて幸いだった。
「それでもお前は、一琉ちゃんが心配なんだろ?」
「…うん」
 どんなに一琉ちゃんが強くても、タケルは大事な兄さんが心配でしょうがなくて、嶺華へ来たんだ。
「…忍び込んだのがアンタにバレたとき、すぐ逃げようと思ったんだけど」
 じっと見つめる視線の先、タケルはオレを上目遣いに見つめた。
「…逃げられなかったんだ。どうしてもアンタと、話したくて」
「オレと?」
 なんでオレ?そんな変わった話、したっけ?でもタケルは、暗い中でもわかるほど顔を赤くしてるのに、まだ理由を話してくれない。
「…二年って答えたとき、高校生と間違われたのは気付いてた…」
「言えよ、じゃあ」
 オレが拗ねて言うと、ごめんって。
「なんか、だってさ…4つも年下だってわかったら、相手にされない気がしたから」
「タケル…」
「シェーナで会うの、嬉しくて。でも学年のこととか兄貴のこととか、言えないでいるのが苦しくなってきて…もっと早く、ちゃんと話せば良かった」
 悔しそうな顔。
 オレはソファーの上でタケルに近寄ると、辛そうに強張る頬を両手で包んだ。
「お互い、タイミング悪かったよな」
「…うん」
「今日、制服のままで来てたろ?話すつもりだった?」
「それも、あるけど。電話で話してたアンタの声が辛そうだったから…早く行かないとって、思って」
「そっか」
 どんな時でもお前は、オレを心配してくれてたんだな。きっと今日じゃなかったらオレは、笑ってお前の話を聞いてやれた。
 しょげてるタケルの顔が、年相応に可愛くて。オレは思わず微笑んでいた。
「そんな顔すんなって。一琉ちゃんのことを責めるオレに、我慢できなくなったんだろ?…ごめんな」
 オレが同じように、目の前でアキを責められたら、やっぱり誰にでも反論したと思う。
 タケルはオレの手を上から押さえて、首を振った。それから、躊躇いがちな上目遣いでオレを見つめる。
「許して、くれるのか?」
「許すも許さないもないだろ…お前は言わなかったけど、オレだって思い込んでた」
 オレの言葉に、タケルは首を振る。
「…ちゃんと最初に言えば良かった」
「まあな…でもさ。そうしたらオレ、こんなにお前に甘えたりしなかったよ」
「先輩…」
 お前のあったかい手に懐いて、弱音を吐いて。最初から中学生だと知ってたら、こんな風にはならなかったと思うから。
「タケルは、タケルだろ?」
「先輩」
「もういいよ。そんな顔すんな」
 な?って笑いかけると、タケルはようやく力を抜いて、いつもの穏やかな表情を見せてくれた。
「これからはちゃんと、お前のこと教えろよな…オレが知ってんのなんて、お前が見かけによらず甘党だってぐらいだぞ?」
 こいつシェーナのケーキ、すげえ嬉しそうに食うんだよ。
 くすくす笑って言ってやると、またタケルは顔を赤くして。ちょっと迷う顔をしたかと思うと、急にオレのことを引き寄せたんだ。
「?…タケル?」
 ぎゅうって抱きしめられて、身体があったかくなる。もう昼間は夏のような暑さだけど、夜はまだ涼しいしから気持ちいい。
 不安にさせてたか?
 何度も携帯に連絡くれてたもんな。
 オレは抱きしめられたまま、柔らかくタケルの背中を撫でてやった。
「あのあと、シェーナどうした?」
「…吉野さんと美沙さんに、すげえ怒られた。あと、なんか…皆見にも」
「ミナミ…ああ、まどかちゃん?」
「ん…ここへ来るために、掃除当番サボってたのかって…」
「ははは。それは確かに怒られるなあ」
「反省、してるよ」
 タケルの拗ねた声。よっぽど酷い目に遭ったのかも。明日にでも行って、オレもみんなに謝らないとな。
 ゆっくりタケルを押すと、抱きしめる腕を緩めてくれる。
 しょげているタケルの顔は、確かに中学生の顔だった。
 嶺華へ来ていたとき、垣間見えるタケルの幼さに、オレは興味を持ったけど。本当はこっちの方が、タケルの顔なんだろう。
 憮然として大人の顔をするタケルは、確かにかっこいい。でもそれは、言いたいことも言わず、我慢して培った表情なのかもしれない。
 そっか、お前一琉ちゃんを守るために、大人の顔をするようになったんだな。
「なあタケル…お前がピアノ弾かないのって、一琉ちゃんのため?」
 さっき夕食の時から気になってたことを聞いてみる。
 驚いた表情でオレを見てる、間近なタケルの瞳。ああやっぱり、この色。一琉ちゃんに似てる。