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【その瞳に映るもの⑩】 P:01


 携帯のアドレスに千夏(チナツ)の名前を探し、でも時刻を見て、諦める。
 もうずっと同じことしてる。
 一度メニュー画面に戻り、画像フォルダを開いた。携帯の小さな画面の中、千夏は楽しそうに笑ってる。
 前に軽井沢連れて行ってもらったとき、撮らせもらった画像。オレなんか撮って楽しい?って言いながら、こっち向いて笑ってくれた。
 本当は待ち受けにしたかったんだ。でも恥ずかしいからヤダって言われて、仕方なく諦めた。
 代わりにいつも、携帯を開いたときデジタル時計の向こうで俺を見てるのは、あの人の可愛がってる馬。
 好きだと告白した翌日に出会った、素直できれいな生き物だ。
 
 
 
 千夏は見た目も中身も妥協しない。デザインが良くて、性能がいい。そういうものが好きだ。その分、一度気に入ったものは本当に大切にしてる。
 このきれいで素直な馬も、身につけるものも。アクセサリーとか時計とか。
 すごく高そうだけど、どれもデザインがきれいで千夏に似合うし、素材や性能が優れてるのも、見てればわかる。
 そういう品質の良さをわかってるから、千夏は必ず大事に扱うんだ。身の回りのものはみんな、使い込まれてる感じ。
 いま俺の手首にはまってるブレスも、すごく使い込まれてて、レザーがきれいな飴色になってる。
 これはずっと、千夏の腕にあったもの。
 すごくきれいな色になってるって言ったら、喜んでくれて。そうか?って笑う顔が本当に可愛くて。
 なんか四六時中一緒にいるんだよな、って言いながらブレスを見つめてる、視線落としてた千夏の横顔が、すごくきれいだった。そのとき俺、咄嗟に「きれいだ」って呟いちゃって。
 顔を上げた千夏に言い訳できず、わたわたしてたら、優しく笑いながらブレスを外して、俺に渡してくれたんだ。
 そんなに気に入ったのならやるよって。長く大事にしていたものなのに。
 使い古しでいいのか?って言いながら。
 俺は千夏の使っていたものを譲ってもらえたのが、すげえ本気で嬉しくて。風呂入る時以外は、ずっとつけてる。
 これが実はブランド物で、けっこう高いんだって知ったのは、後から。
 学校でそういうの詳しいヤツに教えてもらったんだ。けっこう前の限定品で、もう手に入らないのに、どこで見つけたんだ?って、何度も聞かれた。

 千夏は俺の想像している以上に、金持ちなんだと思う。本人が気さくで、そういうの見せないから、あんまり気にしてなかったんだけど。
 テレビで見るような、美術館みたいな外観の家に住んでる千夏は、送り迎えだって運転手つきの車だ。

 貰ったブレスのお返しを何かしたくて、色々考えたけど、俺の小遣いなんかじゃ、何を買っていいのかわからなかった。
 ブレスだけじゃない。俺は千夏と行動する時、ほとんど財布を出したことがない。
 シェーナとか、ファーストフードで食うときぐらいは、さすがに自分で自分の分を払うよ。
 でもレストランとか、遠距離移動するときの交通費。千夏はいつも、俺が気付かないうちに、支払いを済ませてるから。
 そういうのひっくるめて、どうやって返したらいいのかわからない俺は、正直に聞いてみた。気にするなって言われるのはわかってたけど、俺が何かしたくて。
 そうしたら千夏は少し考えて、自分の為にメシ作ってくれ、って言い出したんだ。
 確かに家では兄貴と二人だから、普段からメシは作ってるけどさ。俺の料理なんかたかが知れてるのに。
 そんなもんでいいのか?って聞いたんだけど「お前が作ってくれることが嬉しいんだよ」って笑って、千夏は本当にうちへ食いに来た。
 家では住み込みの料理人が作ったものを食べてる千夏。そんな千夏に何を作ればいいかわからなくて、俺は前に好きだって聞いたオムライスを作ってみたんだ。
 もちろんそれは、普通のチキンライスで作るオムライス。調味料だって、近くのスーパーで手に入るものだけだったし。
 でも千夏は、すごく幸せそうな顔して食べてくれた。
 美味しいよって。
 誰が作ったものより、俺が作ったオムライスが美味しいんだって言って。
 どうしてオムライスにしたのか言わなかったのに、千夏はちゃんと気付いてくれたんだ。オレの好きなもの覚えててくれてありがとうって、言われたの、すごい嬉しかった。
 千夏のそういうところが好きだ。
 何も言わないのに、人の好意に気付くところ。値段なんかじゃ価値を決めないところ。必要だと思うことを、躊躇わずにやるところ。
 どうしようもないくらい、好きなんだ。

 俺の告白を、保留にしている千夏。
 もう少し今のままでいさせて、って。すごく切ない顔で言われたら、それ以上は踏み込めなかった。