【その瞳に映るものI】 P:02


 だからまだ、友達のまま。
 俺の気持ちだけが、毎日のように肥大していく。
 
 
 
 未練がましくもう一度、今度は着信記録から千夏の番号を呼び出して。やっぱりかけられずに、携帯を閉じる。
 何度、同じことするんだろ。
 こんなことなら、部屋に入った時にかければ良かった。
 どう言えばいいかな?って、躊躇ってるうちに時間が過ぎて、日付が変わって後悔してさ。それでも諦められずに、覚えてしまいそうなほど、千夏の携帯番号ばっかり眺めてる。
 千夏はきっと、まだ起きてる。忙しい人だから、何かしてると思う。もし俺が今から電話したとしても、絶対迷惑そうになんかしないだろう。
 あの甘い声で「どうした?」って聞いてくれるかな。
 千夏の声が聞きたい。
 千夏に話を聞いて欲しい。
 メールで「起きてるか?」って聞いて、それからだったら電話してもいいかな、とか。何度も何度も考えた。
 でもそれって、すごく子供じみた考え方だよな。怒られないよう、先に言い訳をする小さな子供みたいだ。
 自分がこんなガキなことを考えてる、それ自体が悔しい。俺は全然、千夏の横に並べない。

 これくらい千夏だったらきっと、自分で解決するのに。俺の知らないところで、答えを見つけるに決まってる。
 それがわかってるだけに、電話をかけるのは躊躇われた。子供扱いされたくない。
「千夏…」
 呟いて携帯を握り締めた。
 どうしよう。
 俺はどうしたらいいんだろう?
 千夏だったら、どうするんだろう。
 
 
 
 
 久しぶりに帰国した、音楽家の両親。
 俺を連れて行きたいなんて、唐突な話は少しも俺の心に響いてこなかった。
 今さら自分たちと一緒に行こうなんて、マジありえない。
 俺は小学生の時から、兄貴と二人で暮らしてる。あの人たちは勝手に世界を飛び回り、兄貴に俺を押し付けた。
 高校生だった兄貴はきっと、もっと遊びたかったはずなんだ。なのに文句も言わず、俺を引き受けてくれて。ずっと俺のことを育ててくれた。
 遠足の弁当作ってくれたのも、参観日に来てくれたのも兄貴だ。俺にとって両親なんか、ただ戸籍上の繋がりがあるってだけの他人。
 帰国を聞いても、全然会いたいと思わないし、今まではそういう時、友達の家にいさせてもらってたんだ。兄貴は帰って来いって言うけど、結局帰らなかったこともあった。
 今回だってそうしたかったのに……だって、千夏が。
 ちゃんと両親に会えって言うから。

 両親なんかどうでもいいんだと言った俺に、千夏はちょっと悲しそうな顔をして、首を振っていた。
 ―――お前を産んでくれた人だろ?
 その人がお前を産んでくれたから、オレはお前に出会うことができたんだよ、なんて。そんな風に言われたら、逆らうことは出来なかった。
 千夏が言ってくれることを、無下にしたりは、したくなかったから。

 俺の親も、千夏の両親みたいな人だったら良かったのに。
 千夏の家に泊めてもらう時、家族みんなで一緒に食事をするのが、本当に楽しいんだ。俺が行くってわかったら、千夏の両親はいつも、時間空けて待っていてくれる。
 一緒にいると、まるで二人が自分の親みたいな気になってくるんだ。
 気が向いたときだけ俺に構って、音楽の話しかしないあの人たちに比べたら、千夏のお父さんとお母さんの方が、ずっと楽しく話が出来る。

 千夏と出掛けた時のこととか、俺の学校のこととか、気さくに何でも聞いてくれる千夏のお父さんとお母さん。
 俺、家ではあんまり喋らないのに、二人がいると楽しくて、どんどん自分から話してる。俺の他愛もない話を、二人が楽しそうに聞いてくれるから。
 期末テストの勉強、千夏に見てもらったから今までで一番点数が良くて。それ言ったら、二人はまるで自分の子供のことみたいに喜んでくれたんだ。
 そのとき千夏のお父さんは、俺に「君が頑張ったことが、一番素晴らしいんだよ」って言ってくれた。
 頑張った結果が出て良かったねって。自分の親にも言われたことないのに、千夏のお父さんにそ
う言われて頭撫でられたら、本気で泣きそうなぐらい嬉しかった。
 俺にまで優しい、千夏のご両親。
 千夏には双子のお兄さんがいて、俺がアキさんと呼ぶ千秋(チアキ)さんも、いつも俺に優しくしてくれる。兄貴と付き合ってるから、余計に優しいのかもしれない。
 双子の息子のことを千夏のお母さんは、いつだって誰憚ることなく「愛してる」って口にする。
 千夏は照れて「やめろよ」とか言うんだけど、顔を見てれば全然嫌がってないのがわかるんだ。