ふふっと、悪戯っぽく目を細めてる。やっぱりアキのこういう表情、好きだな。
「今日は…先生を起したくなる自分を、コレで慰めてました」
苦笑いで言いながら、ぼくを「先生」と呼ぶアキは、腕時計を差し出してくれた。
確かにもう、日付が変わってる。
先生を休みにした特別な一日はもう、終わっちゃったんだ。
「…帰るのかい?」
ぽつりと呟いたぼくの髪、アキが優しく梳いてくれた。
「いて欲しい?」
そうだね。本当はずっとそばに、いて欲しいんだけど。もうぼくは「先生」に戻らないとね。
「ダメ…明日は学校だろ」
「言うと思った」
「でも、アキ」
「ん?」
「…ぼくが眠るまで、そばにいて」
最後のワガママを囁いて、アキの肩に額を押し付けた。
やっぱり冷静になると、こういう言葉は苦手。でもアキは何も言わずに、頭を撫でてくれる。
「いいよ…先生が寝てから帰るね」
「うん」
タバコを消して、ぼくの肩を抱いたまま中へ入る。そのまま部屋へ連れて行かれたぼくは、そっとアキから離れて自分のデスクの引き出しを開けた。
「先生?」
「帰るとき、これ使って」
渡したのはマンションの鍵。武琉が置いていったもの。あの子がつけてたキーホルダーもまだ、そのままになってる。
「ここの鍵?」
「武琉が使ってたんだけど…君にあげる」
もうあの子は使わないだろうから。
俯きがちなぼくの言葉に、アキは複雑な表情を見せた。
「…嬉しいけど、それはまた今度、改めて話をしよう。一応これは、借りておくね」
「アキ…」
「疲れてるでしょ。今日はもう休んで」
ベッドへ押し込まれ、ぼくは布団の中からアキを見上げる。整った顔に、情事の余韻がなくて、少し寂しい。
大人の顔してるアキも好きだけど、やっぱりいつものアキがいいな。終わった後でも熱っぽく潤んだ目でぼくを見ていてくれる、アキが好き。
元気にならないとね。
アキに心配かけて大人の顔させるのは、まだもう少し先でいい。
「どうしたの」
「ううん…アキがいるな、と思って」
「当たり前でしょ…先生が眠っちゃうまでここにいるから」
「…ん」
「おやすみ、先生」
優しい言葉。頭を撫でてくれる手からはタバコの匂いがする。
「…おやすみ」
アキのほうを向いて、目を閉じる。
この子がいたらぼくは、一人で暮らしていく寂しさにも、慣れるんだろうか。
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≪ツヅク≫