【その瞳に映るものJ】 P:09


 でももう、笑えない。
 アキの息が浅くなってる。嬉しくて苦しいくらい深くそれを飲み込み、ゆっくり出して先に吸い付いた。
 勢いよく口に溢れるアキの熱。それにぶどうが混ざって、変な感じ。
 悪戯心を起して立ち上がると、アキの膝に座って、まだ射精の余韻に荒い息を吐く唇を塞いでやった。
 舌を絡め、ゆっくり離す。
「アキ、どんな味?」
 にやにや笑って聞くぼくに、アキは眉を顰めてる。
「…甘苦い」
「あはは」
 上手いこと言うね。確かに甘苦い。
 ぎゅうっと抱きつき、頭をすり寄せた。
「…もう、入れて」
「わかった」
「奥まで突いて、泣くまで離さないで」
「いいよ」
「全部中で出して…アキ」
「ん?」
「…好きだよ…」
 今度会ったら言うって、電話で言ったよね。今日のぼくはオカシくなってるから、信じてもらえないかもしれないけど。
 君が好きだ。君しかいらない。
 言葉にして口から出すと、なんだかやけに胸が痛くなって、涙が零れてしまう。変だよね、悲しくもないのに。
 一人になって、寂しくて辛くて、でもそんな自分を認めたくなくて。苦しさをどうしていいかわからない、ぼくのところへ来てくれて、ありがとう。
 甘える君も、甘えさせてくれる君も。
 ―――本当に好きだよ。愛してる。
 ぼくの告白にアキは、驚いた顔をしたけど。一度目を伏せると今度は辛そうに、顔を上げた。
「…ヤバい、泣きそう」
 ほんとに目の淵を赤くしてる。可愛い。
「いいよ、泣いても」
「カッコ悪くない?」
「カッコ悪くてもいいじゃないか。そんな君も愛しいんだから。それに、君が泣くのを見るのは初めてじゃない」
「ああ、そっか…そうだね」
 ぼくの身体を抱きしめ、アキは本当に涙を流して「嬉しい」と囁いてくれた。
「好きだよ一琉…ありがとう」
「アキ…」
「大好き」
 にこりと笑う顔。君のその、大好きっていう無邪気な言葉が好き。
 ずっとぼくに言い続けていて。
 アキは「まいったな〜」って苦笑いをしながら涙を拭うと、ぼくの身体を寝かせてくれた。
「さて…じゃあ、仰せの通りにいたしますか。お姫様?」
「女扱いするんじゃありません」
「今日だけ特別、でしょ?それに女扱いしてるんじゃないよ。これは、姫扱い」
「どう違うの?」
「教えてあげる」
 大事な大事な人にするんだよって。アキは嬉しそうにぼくの足に口付ける。
 力を取り戻したものに貫かれ、本当に泣きながら「許して、イかせて」と喚くくらい、アキはぼくの身体を愛してくれた。
 
 
 
 快楽の余韻が冷めない身体を引きずるように、ぼんやりと目を開ける。
 ん〜……ちょっと、ヤリすぎた?
 だるい手で探すけど、そばにアキの身体がない。
 まさか帰っちゃったのかな?驚いて身を起すと、ぼくの身体は丁寧に拭われ、アキに脱がされたはずのパジャマを着ていた。
 ぼくが気を失った後で、全部後始末をしてくれたんだ。そう思うと、ちょっと気恥ずかしい。
 暗くなった辺りに視線を巡らせ、ダイニングチェアーにアキの上着がかかったままになっているのを確かめて、ほっと息を吐く。
 どこにいるんだろ?
 重たい身体で立ち上がったぼくは、嗅ぎ慣れない匂いにベランダを振り返った。
 ガラス扉の向こうで、大人っぽいシルエットが紫煙を吐き出してる。
「アキ…」
 タバコ吸うんだ。知らなかった。
 薄く開いたガラスの間から、タバコの匂いが部屋へ流れてくる。電話をしている様子のアキ。内容までは聞き取れない。
 ぼくはキッチンへ寄ってから、ベランダへ向かう。気付いたアキは電話を閉じて、ぼくを待っていてくれた。
 がらりと開いたベランダから吹き付けてくる、生暖かい風。9月にはなったけど、明日も暑くなりそうだ。
「…バレちゃった」
 困った顔で呟いてる。
「タバコは二十歳になってから?言わないよ、いまどき。灰皿は?」
 アキの指差すのは、ベランダに置いてるガーデンテーブル。ここへ引っ越したときに母がくれたものだ。
 その上には、携帯灰皿が乗っていた。
 隣にキッチンで取ってきた灰皿を置く。
「使って」
「あれ…吸うんだっけ?」
「ぼくは吸わないけど、父が吸うから置いてあるんだ。これからは君のために、ここへ置いておくから。ただし、中では吸わないで」
「了解。ありがと」
 乱れたはずのシャツもネクタイも、きっちり着込んでるアキは髪をかき上げて、とん、と灰を落とした。軽く口付ける唇からはタバコの味。ほんとに別人みたい。
「普段から吸うの?」
「あんまり。おじい様がヘビースモーカーだから、笠原(カサハラ)家は喫煙者に寛大なんだけどさ。ナツがうるさくて」
「同じ部屋なんだっけ」
「うん。だから部屋ではあんまり吸わないようにしてる。…時々、意地悪してナツの目の前で吸うけどね」