大人になるって、何だろ。
どういうのを大人っていうのかな。
俺は毎日のように、そればかり考えて過ごしてる。
どんな人間になれば、千夏(チナツ)に似合う男になれるんだ?そもそも、こんなに離れていて、忙しいあの人は俺を忘れないでいてくれるんだろうか?
兄貴と暮らしていた家を出て、両親が住む実家へ移った俺だけど。当初心配していたような、両親との大きいトラブルはなかった。
だって、いないんだよ。
さすが幼い俺を兄貴に押し付けていただけあって、有名音楽家の二人は毎日忙しく、同じ家に住んでいてもあまり顔を合わせない。
もうじき始まる日本ツアーのため、打ち合わせや取材で多忙な両親は、しょっちゅう家をあけている。一緒にいたいと涙まで見せたくせに、いざ同じ家に住んだら今まで通り放りっぱなしなんだ。
寂しくはないよ。今の状態はいっそ、ありがたい。
留守の多い家には管理会社が入ってるだけで、とくに両親以外の人が住んでるわけでもない。
今までは両親が日本にいる間、二人のマネージャーだって人が、家のことをやってくれてたらしいんだ。しょっちゅう家に顔を出すその人は、悪い人じゃないけど、よく知らない人の作るメシなんか食いたくないよ。だからどうせならと、俺が家事を引き受けることにした。
家事って、けっこう向いてるんだよな。
兄貴と二人で住んでた頃は、そういうの苦手な兄貴が一生懸命頑張ってくれてたから、料理以外はあんまり邪魔しないよう、こそこそ手伝ってたんだけど。今はおおっぴらに、好きなように出来るのがいい。
戸建ての家は広くて掃除のしがいがあるし、両親や、両親に付きっ切りのマネージャーさんたちの分まで、大勢のメシ作るのはそれなりにやりがいがある。
でもそういうことしてると、ふと気づくんだ。
俺は何のために、家を出たんだろ?
嶺華(リョウカ)に近いマンションを出てしまったから、千夏に会う回数も減ってる。
元々忙しい人だ。会おうとしなけりゃ、会えやしない。
毎日のようにくれる電話やメールで知る千夏の様子は、相変わらず忙しそうだし、元気そう。そういうの知るたび、寂しくなる。「会いたいよ」って言ってくれるけど時間は取れないんだ。
徒歩で通える近さになった学校と、家の往復。
近所のスーパーで買い物して、家事終わらせて、気まぐれにピアノ弾いて。それだけで終わってしまう日々。
兄貴といた頃は、毎日時間が足りなくてじたばたしてたのに。最近の俺は気がつくと、自分の部屋でぼーっとしてる。
兄貴とも会ってない。
シェーナへも行ってない。
千夏と出会う前でも、もう少し日々は充実していたのに。
今の俺は全てに対して、気持ちが散漫になっていた。
授業が終わったら、まず今夜のメシのことを考えてる。今日は一人だから、昨日の残り物でいいや、とか。
これって大人っていうか、いっそ主婦って感じだよな。
ホームルームが終わった教室で、だらだら帰り支度を整えながら、クラスメイトと話してる担任を眺めた。
あの人は『大人』だよな。
それは年が俺の父親くらいだから?ハタチを過ぎれば『大人』になる?
……そんなはず、ない。
年齢で一括してしまえる話じゃないはずだ。高校生でも千夏は十分『大人』だし。
「藤崎(フジサキ)〜、帰ろうぜ」
声をかけてくるのは近所に住んでる、幼馴染みのような同級生。
こいつは『子供』だと思う。
言ってることもやってることも、子供っぽい。口を開けばマンガとゲームのことばっかり。
「藤崎?帰らねえの?」
「いや…帰る」
ため息吐きながら立ち上がる、俺の視界の端に皆見(ミナミ)がいた。彼女とはただのクラスメイトだけど、学校では知られていない共通点がある。
俺が千夏会いたさに通っていた、シェーナっていうカフェ。彼女はオーナーさんの知り合いだ。
皆見はどっちかっていうと『大人』。
友達多いし、学校では確かにはしゃいでる姿も見かけるけど、ああ見えて、けっこう苦労しているらしいし、しっかりしてるんだ。
ご両親が小さいときに離婚したのに、彼女は母親と暮らしながら、父親とも仲良くしてるんだって。それはシェーナで教えてもらったこと。学校での皆見は、そんなこと億尾にも出さない。
いつだったか彼女の周りの女子たちが、声高に誰かの嫌味を言っていたことがあって。鬱陶しいと思いながら見てたら、皆見はにこにこ笑いながらも会話に参加せず、ころあいを見計らって、さらっと話題を変えてしまった。
ああいうの、大人っぽいよな。激しく咎めたり、流されて一緒に嫌味言ったりしないんだ。
「どうかしたか?」
「別に」
「なあお前、今日も一人なんだったら、遊び行っていいか?」
「またゲームかよ…」