薄く口を開き、何度も指先で俺の唇をなぞっていた千夏は、自分の言動にようやく気付いたのか、真っ赤になって手を引っ込めた。
「ご、ごめん!オレっ」
「先輩」
「違うんだ、なんか、えっと」
「先輩、先輩って」
初めて身体を触れ合わせた夜、俺の気持ちを知った千夏は、もう二度と無邪気に俺を誘うようなマネはしないと誓った。
でも今のセリフって、混乱しているとはいえ、千夏から自然に零れた言葉だよな?
俺は慌てる千夏をぎゅっと抱きしめて、いいから、と囁いた。
「しようよ、キス。俺もしたい」
「タケル、でもっ」
「わかってる。ちゃんと待つから…今はキスだけ。対等なキス、したい」
あの時もしたけどあれは、俺が求めるばっかりで、無理矢理って感じだった。だから今度はちゃんと、お互いが気持ちいいように。対等に欲しいと思うカタチで。
「タケル…」
迷う表情。
アキさん言ってた。俺が甘えたら、アンタは甘やかしてくれるって。
「したいよ、先輩」
「あの…でも」
「お願いだから。一方的じゃないキス、しようよ」
赤くなりながら視線をさ迷わせていた千夏は、しばらくしてやっと頷いた。
「…上手くはないと、思うけど」
知ってる。アンタが慣れてないのは。
「俺だってそうだよ」
「嘘ばっかり…」
「ホントだって。今もけっこう、動揺してる」
情けないこと言う俺に、千夏はくすっと笑って。何度かまばたきした後、ゆっくり目を閉じ、僅かに顎を上げた。
うわ……どうしよう。すげえ可愛い。
まつげ長い。唇赤い。
前のときは夢中でわからなかったけど、少し赤くなった頬も、睫で出来る影も、何もかもが、柔らかい曲線で構成されてる。
ドキドキを収められないまま、俺は軽く千夏の唇に自分の唇を触れ合わせた。
柔らかい。ヤバい。止まんねえ。
「タケル…」
息を吐き出すみたいな、艶めかしい囁きで名前を呼ばれる。
うっとり開いた瞳に、涙が溜まってた。その少し下、小さなほくろがあって、千夏の顔をいつも甘く見せる。
俺はそこに唇を触れさせた。アンタのこのほくろ、好きなんだよ。
「ん…くすぐったいって」
「先輩、したい、もっと…キス」
何言ってんだ?日本語になってない。
俺の言語中枢までオカシくしてしまう千夏は、薄く唇を開いて俺を見上げてる。
「…いいよ」
しよ、って。声にならず、息だけ。
かあっと血が沸騰した。
「せん、ぱいっ」
千夏の身体を強く引き寄せて、唇を重ねる。たまらなくて舌を差し入れた。
「ぁ…ん、んんっ」
くぐもった千夏の声。
どうしていいか、わからないんだろう。怯えて縮こまってた舌が、しばらくすると躊躇うように、俺を押し返してきた。
「ん…ん、ふ…」
押し返す千夏の動きを使って、その舌に吸い付く。腕に抱いてる身体がびくびくと震えていた。
アンタが好きだ……好きだよ。
「千夏…千夏」
「あ、ん…っふ、ぁ」
キスの合間に呼ぶ名前は、いつの間にかまだ許してもらえない、特別な名前になってたけど。必死な様子で俺にしがみついてるから、気づいてないみたいだ。
「た、ける…っぁ、ん」
どちらのものとも言えない、くちゅくちゅと濡れた音。千夏の声も濡れてる。
上顎の内側を舐めたり歯列を辿ったり、俺がするのを真似て、一生懸命応えてくれるのが愛しい。
ヤバい、俺……キスしてるだけなのに、痛いぐらい勃ってる。
気付かれないといいなって思ってたんだけど、少しずつ力の抜けていく千夏の手が、俺の胸の辺りに縋ってたところから、ずるずると落ちていって。
ぱたっと落ちた拍子に、そこをまともに触られた。
どん、と突き放して離れた千夏も困っただろうけど、触られた俺の方だってたまらない。
「…ばかっ」
「そ、んなこと、言ったって」
アンタは平気なのかよ?こんなに俺と濃厚なキスしてて、全然そこは変化ナシ?
でもスレンダーな身体にぴたりと似合ってるスーツには、そんな変調見られない。俺だけかよ。
「ちょ、待ってて…っ」
本当はこのまま、最後とは言わないまでも、こないだと同じくらいのとこまで行けないかな?って思ってたんだけど。この様子じゃ甘かったみたいだ。
俺は情けない格好で腰を引きながら、自分の部屋を出て便所へ駆け込む。
後ろから千夏の笑う声が聞こえていた。
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≪ツヅク≫