【その瞳に映るものL】 P:01


 アキと付き合うようになって、初めて知ったことが、たくさんある。
 見かけによらず、めんどくさがり。
 本当はけっこう、いい加減。
 実はタバコを吸ってるし、お酒もけっこうイケる口。
 さすがに舌は肥えてるけど、そのくせ全然こだわりがなくて、食べられれば何でもいいと思ってる。
 いつも優しく後輩や同級生を見守ってるのに、全然話を聞いてない。にこにこ笑ってるの、あれってほんとは誤魔化してるだけ。……アキの耳にはセレクト機能がついてるんだ。
 ナツくんや、幼馴染みの藍野(アイノ)くん、ぼくの話は聞き逃さないのに、それ以外は大概、適当に聞き流してる。
 ぼくの面倒を見るのは好きみたいで、一緒にいるとドアは開けてくれるし、椅子も引いてくれる。文字通りのお姫様扱い。紳士な振る舞いは、母親仕込みなんだとか。
 でも自分のこととなったら全然ダメ。
 ナツくんに甘やかされ慣れてるから、ナツくんがいなかったら、何もかも放りっぱなし。
 でも一番驚いたのは、呆れるぐらい朝が弱いこと。
 
 
 
「ほら、起きなさいっ!自分で起きるって言ったんだろ!」
 三連休を前にした昨日、うちへ泊まっていったアキは、この時間に起きると自分で宣言したんだけど。
 目覚ましが鳴っても、ぼくが布団を剥いでも、一向に起きる気配がない。
「ん〜…うん…わかってる…」
「君ね、それ何回目?!」
「わかってるって…もう少し…」
 目を開ける素振りさえ見せないアキを見つめ、ぼくは溜め息を吐いた。
 朝が弱いっていうか、寝汚いんだ。寝相はいいのに、一度寝てしまうと、本気で目を覚まさないんだから。
 ぼくは長年、弟の面倒を見てきたけど、幼い頃の武琉(タケル)にさえ、こんなに苦労させられたりはしなかった。
 原因はわかってる。
 ナツくんのせいだよ、絶対。
 アキを甘やかし放題だったナツくん。彼に今までどうやってアキを起していたのか聞いたら、アキは予定の一時間前から起さなきゃダメなんだとか、最終的には使用人の人たちと一緒に、寝させたまま勝手に身支度を整えるんだって言ってた。
 笠原(カサハラ)家の人たちは、どれだけアキに甘いの?まったくもう……このまま放置しちゃおうかな。
「アキ!いい加減にしなさいっ!!」
 べしっと頭をはたいてみる。だけど多少叩いたくらいじゃ起きないことは、すでに経験済み。
「ん、ん…せんせ…」
「なんだよ」
「だい、すきぃ〜」
 ふにゃあって、アキは寝たまま幸せそうに微笑んだ。
 反則だよそんな可愛い顔するの。これで寝顔がブサイクだったら、いっそ水でもかけてやるとこなのにね。
 家族以外では、ぼくしか知らないアキの顔。無防備に寝入ってる気持ち良さそうな姿はまるで、縁側の猫みたい。
 ぼくのベッドで巨大な猫と化してるアキの額に、降参して口付ける。
「ほんとに君は…」
 可愛い生き物め。
 アキと付き合い始めてから、ぼくは初めて知ることばかり。そして君のことを知れば知れるほど、どんどん惹かれしまう。
 怠惰と睡眠をこよなく愛してるアキ。
 でも彼が、誰より頼りになる恋人なんだって、もうぼくは知ってる。
 
 
 
 武琉がこのマンションを出て行って、ぼくは無様なくらい、うろたえた。
 まさか自分が、そんなに動揺するとは思っていなかったから、本当に限界になるまで気付けなくて。結局はどん底まで落ち込んでしまい、アキの手で救い上げてもらったんだ。
 そのときに囁いてくれた「きっと助けるから」という言葉。
 本当は大して信じてはいなかった。
 その場限りの優しい戯言だって思ってたんだ。それでもぼくは、嬉しかった。
 ぼくが必要としている言葉を、アキが見つけてくれたっていう、それだけでも嬉しかったんだ。
 年下のアキに縋って泣いて、気持ちが切り替われば、新しい局面が見えてくる。大人なんだし、それ以上は自分で動くつもりだったんだよ。
 でもアキは、本当にぼくを助けてくれたんだ。
 思いつめた顔でいきなり出て行った武琉は、出て行ったのと同じ唐突さで、戻って来てくれた。
 まだちゃんと帰ってきたわけじゃないんだけどね。
 二人で色々話し合って、自分たちが両親と同じことをしちゃダメだって、結論を出したから。
 いきなり自分たちの考えを押し付け、武琉を取り上げた両親と、同じことはしちゃいけない。両親と話をし、納得させてから元の生活に戻ろうと。
 あんな風に武琉と向き合って話したの、久しぶりだったな。

 アキさんが会いに来てくれたんだ、と言って、武琉はぼくがアキに渡したはずの鍵を見せてくれた。
 武琉が置いていった鍵を、アキにあげてしまったのは、ぼく。
 まだ自分は貰えないからって、アキは武琉の元を訪れ、直接返したらしい。