アキと過ごすから、最終日までお前は実家にいなさい。と言うより帰ってくるな!……って。
相も変わらずワガママな兄貴から言われた、三連休の中日。両親と素直な気持ちで話し合うことが出来た日の翌日に、千夏(チナツ)が泊りで、実家へ遊びに来てくれた。
……泊りで、と言う言葉に、何を期待してるわけでもないんだけど。
だってまだ、千夏にとって俺は友達なんだから。
俺をアメリカへ行かせたがった千夏と、大人にならなきゃいけないんだって焦った俺が、お互いの気持ちを理解できずに遠く離れていたとき。俺たちの状況を見かねて助けてくれたのは、千夏の双子の兄さんである千秋(チアキ)さんだった。
アキさんはイギリスへ行っていた千夏に「ナツは武琉(タケル)くんを傷つけてる」って、電話をかけてくれたんだ。
千夏はすぐに帰ってきてくれた。
すぐって言っても帰るまでに三日もかかって、その間に千夏は憔悴しきっていて。
帰国の最中にくれた、最後のメール。まだ残してあるよ。
―――「タケル」って。
悲鳴を上げるみたいに一言だけ、そのメールには俺の名前が書いてあったんだ。
実家へ来てくれた千夏は、不眠不休で限界の状態だった。ぼろぼろに泣いて、俺に縋りついてくれた。
そのとき、俺たちは初めて同意のもとにキスをしたんだ。
したいって言い出したのは千夏だった。
俺の好きにしていいから嫌わないでくれとか、どこへ行っても俺のところへ帰ってくるから、待ってて欲しいとか。色々と嬉しいことを言ってくれた千夏。
あの時は俺が一人で熱上げて、たまんなくなって暴走しかかって。ヤバくなってトイレに抜きに行って。部屋へ戻って来たとき、千夏はもう爆睡していた。
―――脱力だよ。
でも幸せそうな顔で眠る千夏を、どうしても起せなかった。
ほんっとに幸せそうな、安心しきった顔で、俺の枕抱えて寝てんだもん。
普段は眠りの浅い千夏。
よほど寝てなかったんだろう。時間が遅くなって、何度か声をかけたけど、全然起きてくれなかった。仕方なく俺はアキさんに電話して、千夏を迎えに来てもらったんだ。翌日は平日で、学校もあったから。
アキさんがこんな千夏は「珍しい」って笑ってた。武琉くんの顔を見て、よっぽど安心したんだろうねって。
どうしても起きない千夏のこと、俺が抱き上げて車まで送ったんだよ。思ったより軽くて驚いたな。
ジム通ってるのも知ってるし、見た目は華奢じゃないのにね。
アキさんにそう言ったら、ベスト体重は自分と同じだけど、ナツは変動が激しいからって言ってた。忙しくなるとすぐ食べることに手を抜いて、痩せちゃうんだって。
俺の前だとけっこう食べてるイメージだったんで、驚いた。
最近は毎日のように会ってるけど、やっぱり千夏が忙しいのは変わらない。丸一日一緒にいられるのは本当に久々なんだ。
正直、何にもなくても嬉しい。
千夏はここんとこ、海外へ行くのを極力控えてる。その時の一件がよっぽど効いてるみたいで。
まあ兄貴とアキさんは「今だけだよ」って言ってるし、俺も実はそう思ってる。
千夏を閉じ込めておくには、日本は狭すぎるんだ。それは俺にもわかってる。
だから閉じ込めておく気なんかない。
世界中を飛び回る千夏は、生き生きしてて楽しそうだ。
辛くなって俺のそばで落ち込んでる千夏も可愛いけど、やっぱりこの人には、明るい所でたくさんの人に囲まれていて欲しいって思うから。
また元気になって、世界へ飛び出して行けばいいんじゃないかな。
俺この頃ね、大人になりたいってより、子供のままでもいいから、強くなりたいと思ってるんだ。
いつも元気で明るい千夏が、疲れて淋しくなって、立ち止まってしまうとき。こないだみたいに迷子の顔で、うずくまってしまうとき。俺は千夏が振り返ったところにいて、笑っていたい。
俺はここにいるよって。
大丈夫だよって、言ってあげられる人間になりたい。
子供のままでいいよ。千夏を受け止める強さを持てるなら、世間から見て子供でも大人でも、構わないんだ。
兄貴にそう言ったら、すげえ嫌な顔されたけどね。
『ぼくはまだ、誰にも武琉をあげる気なんかないよ。当分、ぼくのそばでオコサマやってればいいじゃないか。アキ?アキはいいんだよっ!もうぼくのだから!』
……って。まるで兄貴の方が子供みたいなこと言って、アキさんに宥められてた。
ほんと最近の兄貴は、いつもこんな調子なんだ。せっかくアキさんと付き合い始めたんだし、俺が邪魔しないでおこうと思ってやってるのに、向こうは全然、弟離れする気がないみたい。