「なあ、クリスマスってホンマに奇跡が起こるんかな」
長谷(ハセ)がそう聞くと、吉野(ヨシノ)はけして客の前では見せない、面倒くさそうな顔になった。
「寝言は今日が終わってから言え」
「ちょっと聞いただけやんか」
「奇跡だと?ああ、起こるかもな。俺がもう一人現れるような奇跡でも起こったら呼んでくれ。そいつに仕事任せて、お前の寝言に付き合ってやるよ」
吐き捨てるように言われ、肩を竦める。
クリスマス当日。
長谷の勤めるカフェ・シェーナは、朝から途絶えることのない客で賑わっていた。
普段、シェーナはバイトが入っていたとしても、正社員3人を含む5人から7人で運営している。それが今日だけは朝からずっと、10人もの大所帯だ。
ちなみにパティシエでもあるオーナーは、朝にその日のドルチェを作ってしまえば、あとは勝手にいたりいなかったり。……いても常連客と遊んでいたりの状態。
頭から吉野は、数に入れようとしない。
いつもは長谷一人でこなしている厨房だが、さすがにこの時期だけは手が回らず、若いバイトの青年が一人、コックコートに身を包んでいる。
「長谷さんの言う奇跡って、昨日言ってた橘(タチバナ)さんって人ですか?」
てきぱき働く、とてもお役立ちのバイトから尋ねられ、フライパン片手の長谷は頷いた。
昨日、吉野の住む店の二階に泊まって雑魚寝した連中と、この話になったのだ。そしてそのまま、橘が来るか来ないか、賭けの対象にされてしまった。
吉野は「来ない」と言い切った。
笹山(ササヤマ)が「来るといいね」と言って、長谷に賭けてくれたのは意外だった。
「最後にせんとってな、とか言うて別れてんけど。よう考えたらオレ、あの人のスーツ預かってんねんなあ」
「だったら今日来られなくても、最後じゃないじゃないですか」
「そうやねん。合鍵も直接返して欲しいって、言うといたし」
「その話、本当だったんですね。見ず知らずの人に、合鍵を渡したって」
「おかしいかなあ…一緒にメシ食うた仲なんやで?信用してもええんちゃう?」
「いや、おかしいでしょ…」
ご飯ぐらい、ちょっとした顔見知りなら一緒に食べますよ、と。バイトの青年は言う。
だけど長谷はやっぱり、自分の感覚に間違いはないと思うのだ。