【その瞳に映るもの・2010X'mas】 P:02


 橘にカギを預けたのは、まだ彼のことを何も知らない時だったけど。
 長谷が彼に惹かれることは、あの時もう決まっていたように思うから。

 ちらりと時計を見上げた。もうすぐ夕方の6時だ。もし橘がサラリーマンなら、そろそろ定時でもおかしくない。

 ―――残業、してはるかもしれへんし。

 仕事上のトラブルで、三日も身を隠さなければならないなんて、どんな仕事なのか。長谷は結局、聞けずじまいだ。
 しかしその三日分の仕事で、24日は忙殺されると言っていた橘。もしそれが昨日で片付いていなければ、今日に持ち越しているだろう。責任感の強い彼のことだ。長谷のことが後回しになってしまっても仕方ない。
 あの細い身体を思うと、無理はして欲しくない。でもちょっとくらいの無理で済むなら、来て欲しい。
 今日が最後じゃないかもしれないけど。
 次の明確な約束は、ないのだから。

「そうや…今日も約束はしてへんねやった」

 来ないかもしれない。溜め息を吐いた長谷の元へ、注文の声がかかる。

「オーダー入りま〜す」
「ええよ、言うて!」

 うっとり橘のことを思い出している余裕もない人気店。仕方ないと半ば諦め、長谷は明るい笑顔でスタッフを振り返った。
 
 
 
 
 
 昨日、クリスマス・イヴの12月24日。
 まだ陽も明けきっていない時間だったのに、橘はちゃんと起きて、一緒に朝食を摂ってくれた。

 最初の日と同じ、オレンジ風味のフレンチトーストを作った。さすがに気づいただろうけど、橘はロマンチストな長谷を笑うこともなく。同じテーブルで、もう何年もそうしているかのように、美味しそうな無表情で食べてくれた。
 けして美味しそうではないものを。

 ―――服、どないする?
 ―――心配ない。迎えに持ってこさせる。
 ―――そっか…

 自分の服を着て行ってはくれないのだ。確かに似合ってはいないけど、ちょっと残念な気がしてしまう。
 その後も長谷は、どうしても橘と離れがたくて。ぐずぐずと出勤を渋っていたら、玄関先で思いっきり橘に頭を叩かれた。

 ―――いった!
 ―――何をしてるんだお前は!出勤前に情けない顔をするなっ
 ―――そんなん言うたって…
 ―――仕事だろうが!責任とプライドを持ってやっているんじゃないのか?!