東 千歳(アズマチトセ)は幼い頃から、不思議なものをよく目にしていた。
物心ついた頃から千歳の視界に現れる、人ではないものたち。
自分が当たり前に見ているものを、他の人は見ることが出来なくて、それが普通だと知ったとき。大きなショックを受けたその日から、千歳にとって目に映る不思議な存在は、恐怖の対象になった。
誰にも見えない。
誰にも理解してもらえない。
――自分だけに架せられた恐怖。
千歳の苦しみを、両親でさえ理解しなかった。後に生まれた妹も見られないのだから、家系的なものではないのだろう。
幼い頃は自分だけに見えるそれらが怖くて、随分泣いたものだ。
興味深そうに千歳の方を向く瞳。
彼らは見るだけで、千歳に何をするわけでもないのだが、その姿は奇異なものばかりで。
目が合ったときの恐ろしさといったら、子供にとって耐え難いストレスだった。
限界を超え、気を失ってしまったこともある。何の前触れもなく倒れる息子を、両親も持て余した。
話しても理解してもらえない。
言えば言うほど、気味悪がられる。
千歳はそのうち自分の見ているものを口にしなくなった。彼らを視界に捕らえたとしても、黙って目を逸らし、やり過ごすようになった。
不審な目で見られ、人から距離を置かれるのは、人ではないものたちを見るより、ずっと怖かったから。
見えるものから目を背け、周囲に溶け込む術を覚えたのは、中学生の頃だ。
面白くなくても笑っていた。周りと同じように、出来るだけ目立たないように。千歳は必死になって、処世術を覚えた。
葛 蓮(カズラレン)と出会った高校時代。学校にはもう誰一人、千歳のことを不審な目で見る人間がいなくなった頃だ。
それは理解できない千歳の言動を覚えている人間が、誰もいない学校へ進学したから。同じ中学の出身者がいない、地元でも離れた場所にある私立高校。
それでも千歳の前に現れる、奇妙なものたちが見えなくなったわけではななくて…そのうち、千歳はそれらが蓮の周囲にばかり集まっていることに気付く。