【蓮×千歳A】 P:02


 
 
 
 目を覚ましたのは、走行中の車の後部座席。
 はっとして身を起こした千歳は、ハンドルを握っているのが蓮だと気付いて、ぎゅうっと自分の身体を抱きしめた。

「目が覚めたか」
「うん…ごめんね」
「いや」
「あの、仕事…」
「今日は無理だ」
「でも」
「送ってやるから今日は休め」

 ルームミラー越しの会話。
 仕事の話も出来ず、迷惑ばかり掛けてしまう己の現状に、千歳の自己嫌悪は強くなるばかり。

「ごめん、葛…ほんとに、ごめんなさい」

 千歳が小さな声でそればかり繰り返していると、蓮は相変わらずの無愛想な様子で「もういい」と言ってくれた。
 不機嫌そうに見える表情が、本当に自分を心配してくれているのだと気づき、千歳は何も言えなくなってしまう。

 ずっとそうだった。
 高校生の頃、いつも一緒にいた蓮。

 目つきが悪くて口下手な彼は、いつも周囲から浮いた存在だった。
 それを蓮自身が否定も肯定もせず、黙っているものだから、結局勘違いされてしまうのだ。
 容姿が整い大人びた雰囲気を感じさせる蓮に、黄色い声を上げていた女の子たちさえ、二ヶ月も経てば理解できないとばかりに離れていって。
 周囲の勘違いと、やっかみの中、高校生の蓮は孤独になっていく。

 でも彼は千歳のように、俯いて悲しがったりしない。強い意志を秘めた瞳で前を向き、いつだって蓮は自分のしたいようにしていた。
 そんな彼のわかりにくい優しさや、暖かさにただ一人、千歳だけが気付いていた。
 千歳だけはいつだって、彼の本当の優しさに気づいていられたのだ。

 だから千歳は、蓮にだけ自分に見えているものを話してしまったのだけど。そのときも彼は「そうか」と言っただけだ。
 でも千歳には、わかっていた。
 蓮が何も疑わずに自分を信じてくれたこと。あえて追求しなかった彼の気持ち。
 言葉で包んでくれなくても、自分だけは気付くことが出来た。

 人に見えないものを見られる千歳にとって「自分だけ」というキーワードは、それまで辛いばかりのものだったのに。
 蓮を理解できるのも「自分だけ」。
 そう思えたとき、辛いだけだったのキーワードが幸せと表裏一体になった。

 黙って手を差し伸べてくれる優しさ。
 押し付けがましくない気遣い。
 そんな蓮の本当の姿に「自分だけ」が気付いている。
 まだ高校生だった千歳は、蓮の気持ちを独占できる幸せに有頂天になって…。
 …そして、最後の最後に、蓮の気持ちを見誤った。