目を覚ましたのは、走行中の車の後部座席。
はっとして身を起こした千歳は、ハンドルを握っているのが蓮だと気付いて、ぎゅうっと自分の身体を抱きしめた。
「目が覚めたか」
「うん…ごめんね」
「いや」
「あの、仕事…」
「今日は無理だ」
「でも」
「送ってやるから今日は休め」
ルームミラー越しの会話。
仕事の話も出来ず、迷惑ばかり掛けてしまう己の現状に、千歳の自己嫌悪は強くなるばかり。
「ごめん、葛…ほんとに、ごめんなさい」
千歳が小さな声でそればかり繰り返していると、蓮は相変わらずの無愛想な様子で「もういい」と言ってくれた。
不機嫌そうに見える表情が、本当に自分を心配してくれているのだと気づき、千歳は何も言えなくなってしまう。
ずっとそうだった。
高校生の頃、いつも一緒にいた蓮。
目つきが悪くて口下手な彼は、いつも周囲から浮いた存在だった。
それを蓮自身が否定も肯定もせず、黙っているものだから、結局勘違いされてしまうのだ。
容姿が整い大人びた雰囲気を感じさせる蓮に、黄色い声を上げていた女の子たちさえ、二ヶ月も経てば理解できないとばかりに離れていって。
周囲の勘違いと、やっかみの中、高校生の蓮は孤独になっていく。
でも彼は千歳のように、俯いて悲しがったりしない。強い意志を秘めた瞳で前を向き、いつだって蓮は自分のしたいようにしていた。
そんな彼のわかりにくい優しさや、暖かさにただ一人、千歳だけが気付いていた。
千歳だけはいつだって、彼の本当の優しさに気づいていられたのだ。
だから千歳は、蓮にだけ自分に見えているものを話してしまったのだけど。そのときも彼は「そうか」と言っただけだ。
でも千歳には、わかっていた。
蓮が何も疑わずに自分を信じてくれたこと。あえて追求しなかった彼の気持ち。
言葉で包んでくれなくても、自分だけは気付くことが出来た。
人に見えないものを見られる千歳にとって「自分だけ」というキーワードは、それまで辛いばかりのものだったのに。
蓮を理解できるのも「自分だけ」。
そう思えたとき、辛いだけだったのキーワードが幸せと表裏一体になった。
黙って手を差し伸べてくれる優しさ。
押し付けがましくない気遣い。
そんな蓮の本当の姿に「自分だけ」が気付いている。
まだ高校生だった千歳は、蓮の気持ちを独占できる幸せに有頂天になって…。
…そして、最後の最後に、蓮の気持ちを見誤った。