【蓮×千歳A】 P:09


 もしかして千歳は、葛とのことが上手くいかなかった後のことを心配しているんだろうか。
 また大学生のときと同じように、孤独な毎日を送るのかもしれないと?

 しかしそれは、杞憂というものだ。

「ねえ、千歳。離婚しても、私と千歳の関係は大して変わらないのよ」
「理子さん…」
「私は離婚した後でも、何か悩めば千歳に相談すると思う。千歳だってそうでしょ」
「…うん」
「トラだってきっと、戸籍上の親子じゃなくなったって、千歳のことを頼りにすると思うわ」
「そう…かな」
「当たり前でしょ。千歳は違うの?」
「違わない」
「ええ。でも葛くんは違うのよ。…今度手放したら、もう二度と出会えないかもしれない」

 手厳しいことを言われ、千歳は肩を震わせた。すっかり怯えた顔になっている年下の夫を、理子はタバコを灰皿に押し付け、苦笑いで抱きしめる。
 再会したばかりだというし、これから仕事を通して付き合っていくなら、まだ怖がらせなくてもいいだろう。

「今度は逃げちゃダメよ、千歳」
「理子さん」
「もしフラれたらいくらでも慰めてあげるし、上手くいったら一緒にバージンロード歩いてあげるから。あなたは自分のことを考えなさい」
「なんだよ、バージンロードって。ありえないでしょ」
「どうして?式が終わったら、私にブーケ投げてね」
「そうやって、すぐからかうんだからっ」

 酷いなあ、と呟いて千歳は大親友の頼りになる肩へ頭を押し付ける。
 離婚の二文字と、蓮のことは、千歳の中でどうしても繋がらない。もし今の状況を蓮に話したら、彼はなんと言うだろうか。

 ――葛なら、わかってくれそうなんだけどな…

 蓮にも父親がいない。彼なら虎臣の寂しさがわかるはずだ。
 都合のいいことを考え、理子に頭を撫でられていた千歳は、玄関から聞こえた虎臣の帰宅を告げる声に顔を上げた。

「私たち家族に秘密はナシ、っていう約束だったわよね」
「ちょっと、理子さんっ」
「葛くんと千歳の再会。トラはなんて言うかしら?楽しみね」

 くすくす笑う理子がぱっと立ち上がり、玄関へと歩き出す。慌てた千歳は、待ってまだ言わないで!と叫びながら、理子の後ろを追いかけた。


《ツヅク》