「聞けばいいのに」
「だから、ろくに話も出来なかったんだってば」
「じゃあたとえば葛くんに、彼女がいなかったとして。千歳はどうしたいの」
「どうって言われても…」
「まだ好きなんでしょう?」
そう聞かれただけで、千歳はぎゅうっと目を閉じ、赤い顔で頷いている。理子が千歳を乙女だと評するのは、こういうところだ。
葛という人物が初恋なのは前から知っている。しかし千歳の恋愛は、中学生のそれとあまり変わらない。
たぶん今、千歳は自分と蓮が付き合っている姿を想像して、一人でパニックになっているのだろう。
「でもね千歳。妻子持ち、しかも中学生の子持ちと付き合う人なんていると思う?」
「理子さん…」
「まずは私と離婚して、ちゃんと葛くんと向き合える状態にならなきゃいけないんじゃないの」
「そんな、そういうことじゃなくて…離婚のことはまだ決めなくていいじゃないか」
「千歳」
「だって。虎くん抜きで話していい問題じゃないよ」
だからまだ、このままでいたいと千歳は言う。のんきなことをと言いたげに、理子は再び紫煙とため息を吐き出した。
自分たちの間に、婚姻関係を継続させていいものかどうか…二人は今までにも、何度か話し合ってきた。とくに理子が恋人を作ってからは、離婚の時期を見据えなければならないんじゃないかと。
しかし何度話し合っても、二人のたどり着く結論は同じ。まだ幼い少年の幸せを一番に考えよう、というものだ。
――虎くんが大人になるまで、夫婦でいようよ。その…理子さんが結婚したい人を見つけるまで、だけど。
自分には結婚なんて、無理だから。
7年前から千歳は同じ言葉を繰り返す。
苦笑いを浮かべる千歳の、思いやりに溢れた言葉を最初に聞いたとき。そのときばかりは気の強い理子が泣きながら頷いた。
いま付き合っている男は、理子のことをちゃんと考えてくれているが、理子自身が彼のと結婚を望んでいない。夫にするなら構わないが、父親に不向きな男なのだ。
夢を追う情熱が家族を持つことで中和されてしまったら、理子が惚れている魅力も半減する。
だから理子としても、虎臣の父親は千歳であって欲しいのが本音だけど。
しかしもう事情が違うだろうと、理子は眉間にしわを寄せる。
十年以上忘れられずにいる初恋なのだ。千歳はいつまで、自分のことより虎臣や理子のことを考えるのか。
こんなカタチだけの結婚なんて、いつ終わらせても構わないのに。そう言おうとして、理子はいじいじと自分のつま先を見つめている千歳の不安に気付いた。