【蓮×千歳B】 P:01


 出版社の編集部では、打ち合わせのために狭いブースを用意している。大抵どこでも、愛想のないイスと机を衝立で仕切っただけのスペース。
 そのスペースに資料を並べて、イスに腰掛けている東千歳(アズマチトセ)は、この狭い空間で葛 蓮(カズラレン)と向き合うことを想像するたび、朝からどうにも落ち着くことが出来ない。

 約束通りの時間に現れた蓮は今、打ち合わせスペースの外で、編集長の岩橋(イワハシ)と話をしている。千歳は先に行っていろと言われたので、蓮の声に耳を傾けながら一人で待っていた。

 ――相変わらず、いい声。

 低くて穏やかな蓮の声は、大きくないのに良く響く。そばで聞いていると身体の中まで伝わって、お腹の辺りがじん、と熱くなってくるのだ。
 早くこっちに来て欲しいとも思うし、このままずっと蓮の、心地いい声に耳を傾けていたいとも思ってしまう。

「東くん、待たせてごめんねえ」

 ひょこり岩橋が顔を出した。後ろには背の高い蓮の顔が見える。
 千歳が慌てて立ち上がると、岩橋はいいから、とそれを制し、蓮にもイスを勧め、自分は衝立に寄りかかった。

「それにしても二人が同級生だったとは驚いたね。Ren君、高校の頃の東くんて、どんな子だったんだい?」
「どんなって、変わりませんよ。昔からこのままです」
「何それ…成長してないってこと?」

 むうっと膨れる千歳に、岩橋が大きな腹をゆすって笑い出した。

「あはは!そりゃいい。じゃあ二人で学生時代のように、仲良くやってね。私はこれからちょっと出るけど、東くんに全部任せてあるから何でも相談して」
「はい」
「東くん、あとよろしく」
「わかりました」
「Ren君、また飲みに行こうねえ」

 ひらひら手を振って岩橋が去っていく。
 いきなり二人にされて、千歳は嬉しいような困ったような複雑な心境だ。慌てて下を向き、資料を開いた。
 しかし一度下を向くと、なかなか顔が上げられない。緊張する千歳の頬に、何か冷たいものが押し付けられた。

「っ!な、なに?」
「やるよ」

 してやったりと笑う蓮が差し出すのは、冷えたペットボトル。

「あ、ごめん。僕がお茶淹れなきゃいけないのに」
「いいさ。来る途中に買ってきた」

 言いながら確かに蓮は、自分のためにミネラルウォーターのボトルを取り出し、キャップを捻っている。カメラマンにお茶まで用意させてしまったと焦った千歳だが、自分が渡されたボトルを見て、思わず微笑んだ。

「覚えててくれたんだ…」
「最近見ないだろ」
「うん。どこで売ってた?」
「ここの何本か裏の通り。早く着いたからぶらついてて見つけた」
「そんな近くにあったんだ。あとで場所教えてくれる?」
「ああ」