こういう、些細な心遣いが嬉しい。
千歳は高校の頃に好きでよく飲んでいたが、最近ではあまり見なくなっていたお茶のボトルを、愛しげに見つめる。
「見てないで飲めよ」
「うん。ありがとう、葛」
少しだけデザインの変わったラベルから視線を上げた千歳は、優しく自分を見守っている蓮の瞳にほわりと頬を染めた。しかし蓮の肩の辺りで視線を止め、さあっと顔色を変えてしまう。
――いる…!なんで?!
慌てて下を向く。
会社でなど一度も見たことがないそれ。
誰にも見えないはずの小さいモノ。
――葛と一緒に、こんな所まで来たってこと?
蓮のそばに、人ではない小さなものが纏わりついているのは相変わらずだったが、こんな都会の真ん中にまで、ついて来ているとは思わなかったのだ。
唇を震わせる千歳の、普通ではない様子に、蓮の顔からも笑みが消えた。
「どうした、千歳」
「う、うん。なんでもない、大丈夫」
「おい」
「あの、いいかな?始めても」
ばたばたとファイルを開き、蓮の前に並べていく。どうせ何を言っても「平気」と「大丈夫」を繰り返すのだろう千歳に、蓮は仕方なく頷いた。
先週、人ではないものとの邂逅に気を失って倒れ、進められなかった葛邸での打ち合わせを取り戻すため、話し合いが続いている。
蓮の周りにはさっきから変わらず、千歳にしか見えない、奇妙な姿の小さな生き物が動き回っていた。しかし最初は驚いたものの、千歳はそれを極力見ないようにしている。
やはり葛の家に入らなければ、声までは聞こえない。だったらこうして見ないふりをするのには慣れていた。
意識してそれから視線をそらす分、千歳はより話し合いに集中している。
「じゃあ、コンセプトとかレイアウトはこんな感じでいいかな?」
「…ああ」
ため息交じりの返答。
打ち合わせを始めてから、喋っているのは千歳ばかり。だがそんな状況も、こうして蓮のそばに小さな生き物が纏わりついているのも、高校の頃と変わらないので、千歳自身は両方をあまり、気にしないようにしていたけど。
ちらりと視線を上げ、蓮を見る。企画の詳細をプリントした書面を睨みつける表情に、彼の戸惑いを感じた。
「ねえ、葛」
「ん?」
「この間はカメラマンのRenのこと、全然知らなかったって、失礼なこと言ってごめんね」
千歳が企画とは別の話を始めると、蓮はようやく笑みを浮かべた。
「構わないさ、カメラマンなんか大勢いるんだ。仕事で関わったわけでもないのに、知らなくて当然だろ」
「ありがと。…あの後ね、葛の写真を色々探したんだ」
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