【蓮×千歳E】 P:12


「ありがとうございます。…蓮も、ごめんね。服は後で返すから。蓮の、だよね?」
「ああ。それより今日は午後からだろ。起きて平気か?」
「うん、大丈夫」
「メシは」
「ありがとう、食べられるよ」

 蓮の顔をまっすぐ見上げ、千歳は微笑んだ。まだこうして笑っていられるなら、大丈夫。
 手にしていた自分のスーツを空いたイスに置き、肩が落ちそうな蓮のTシャツをひき上げる。サイズの合わない大きな服に身を包んでいる千歳を、虎臣は不満も露に見ていた。

「おはよう、虎くん」
「おはよ。…今朝起きたら千歳さんいなくて、びっくりした」
「ごめんね。昨日はだいぶ遅かったし、蓮の部屋に泊めてもらったんだ」
「聞いたよ…なんでそんなことするの?」
「虎くん?」

 言い出したら止まらなかったのだろう。虎臣はぎゅっと眉を寄せ、千歳の腕を掴んで責める言葉を重ねてしまう。

「部屋なんか、すぐそこじゃん。ボクのこと忘れてたでしょ?連絡もくれないし。すごい心配してたんだよっ」
「ごめん、ほんとにごめんね」
「大体、千歳さんは勝手だよ。オレはこんなとこ来たくなかったのに!変なのが住んでるっていうし、庭はジャングルだし、アイツのメシなんか…っ」
「虎ちゃん」

 どんどん話が違う方へ流れていく虎臣を、珍しく厳しい顔をした榕子が止めた。

「やめなさい」
「榕子さん…」
「そんなことを言いたいんじゃないでしょう?話し合う気がないのに人を責めるのは、暴力と同じことよ」

 青ざめている千歳に気付いて、虎臣も唇をかみ締めた。
 本当は南国荘がイヤなんじゃない。
 蓮への想いを募らせていく千歳を、見たくないだけだ。

「ちーちゃんも、虎ちゃんは急に知ってる人もいない場所へ引っ越したんだから。もう少し考えてあげないと」
「すいません…」
「これからは遅くなるとき、虎ちゃんに連絡すること。いい?」
「はい。ごめんね、虎くん…これからは気をつけるから」
「ボクの方こそ…あの、酷いこと言ってごめんなさい。怒った?」
「怒ってないよ」
「ほんと?」
「うん」
「…良かった」

 虎臣がほっと息を吐いたところで、榕子は笑みを浮かべて、ぱんっと手を叩く。

「はい、じゃあこの話はおしまい」
「ありがと、榕子さん。ごめんなさい」
「虎ちゃんはいい子だって、ちゃんと知ってるから大丈夫。ほらちーちゃん、蓮ちゃんが待ってるわよ」

 千歳が慌てて振り返ると、蓮は苦笑いで朝食のプレートを持ったまま立っていた。

「あ、ごめん」
「いや」
「ねえ蓮、来週の京都なんだけど…」
「ちょっと待ってろ」
「え?」
「お前は先に食え。ほら、行くぞ。時間だろ」

 蓮に促された虎臣が、膨れた顔で立ち上がる。

「なんだよ、オレだけでも見送りするつもりなわけ?」
「いいからさっさと歩け」
「別にいいのに…じゃあ、行ってきます」
「ちょっと待って、僕も行くからっ」

 先に歩き出した二人を、千歳が慌てて追いかける。
 三人を見送る榕子が、にこやかに手を振っていた。


《ツヅク》