道の真ん中でごろりと寝ている猫を、嬉しそうに撫でている高校生の千歳だ。
口元に笑みを刷き、猫の喉もとに手を出している。くすくす笑いながら、危ないよ、と話しかけているのが、まるで聞こえてくるみたいで。
確かにこのとき千歳は、起きようとしない猫にそう語りかけていた。
修学旅行で行った長崎。二人だけで歩いた短い時間。
あの時撮った写真は、全部見せてもらったはずなのに。これは初めて見るもの。
どきどきと鼓動がうるさい。
自分の指先が震えているのもわかる。
思い込みだろうか?
この写真を撮る視線が、あまりに愛しげだと思えるのは。大切な宝物でも見つめるように、視界を切り取っているように感じる。
幸せそうに笑う自分。
そうっとそれを撮った蓮。
何も迷わず、何も疑わなかった、高校生の二人。恋愛も友情も、混ざり合って区別がつかなかった。
じわっと視界が歪む。
千歳はその写真を胸に押し付け、目を閉じた。溢れてくる涙で濡らしたくない。
――好き…やっぱり好きだよ、蓮…
どうしてもなくならない想い。
告白しなければ、失恋しなかったかもしれない。いま手にしている幸せな日常を、もっと早く見つけられたかも。
でもあの時、蓮に思いのたけをぶつけたのは、当時の自分にとって精一杯の気持ちだったのだ。
一度は想いを口にしたからこそ、今こうして一緒に暮らしていられる。
――また、やっちゃうかも。
苦笑いを浮かべ、千歳は写真をもとの場所へ戻した。涙を拭って立ち上がる。
行き場をなくして、告白した。
玉砕して、ゼロになった。
今も同じ想いが、少しずつ積み上がっている。もう一度行き場をなくしたら、また自分は告白して、玉砕するのだろうか。
一度溜息を吐いて、千歳は自分の服を手に部屋を出た。
もう少し今のまま、この南国荘で一緒にいたい。だから好きだという気持ちを、身体の奥の方へ押し戻してしまう。
蓮の部屋のドアを閉め、一階のホールを横切れば、明るいリビングだ。
大きなダイニングテーブルには、榕子と虎臣。キッチンに蓮もいる。そこには千歳が愛してやまない、日常があった。
「おはようございます」
声をかけると三人が振り返ってくれる。ゆっくり歩いてそばまで行き、蓮の傍らにたどり着いた。
「おはよう、ちーちゃん。昨日は遅かったのね」
「すいません…起こしてしまいました?」
「全然。今朝ラジャに聞いたの」
そうだった。精霊たちを下がらせ、蓮を呼ぶよう言ってくれたのは、あの穏やかな目の男だ。
「昨日はご迷惑をお掛けしてしまって…ありがとうございましたって、伝えていただけませんか?」
「…ちーちゃんが自分で言った方が、ラジャは喜ぶと思うけど。まあ、いいわ。伝えてあげる」