東 千歳(アズマチトセ)は助手席で手を握り合わせ、祈るような顔つきで前を見つめている。ハンドルを握る葛 蓮(カズラレン)には「道がすいているから朝までには着く」と言ってもらったのだが、気は焦る一方だ。
「千歳、そんなに気を張っていたら、お前が先に倒れるぞ」
低い声に、千歳の方こそ心配げに蓮を見つめた。
一昨日の深夜に南国荘(ナンゴクソウ)を出た蓮は、夜明けの京都を撮っていた。だとしたら昨夜は2〜3時間しか寝ていないはず。
「ごめんね…」
「謝らなくていい」
「…うん。大丈夫?」
そう聞いたところで、免許を持たない千歳では、運転を代わることも出来ないのだけど。
虎臣(トラオミ)から「事故に遭い、骨折したかもしれない。帰ってきて欲しい」と連絡があって、二時間。
とうに新幹線もなくなった深夜だ。千歳には蓮の運転に頼る他、東京へ戻る手段が思い浮かばない。蓮から車を出してやると言われ、そんな無理をさせてはいけないと思うと同時に、ありがたかったのも事実。
虎臣は千歳が帰らない限り、病院には行きたくないと駄々を捏ねていた。
とにかく早く帰ってやらないと。
南国荘には蓮の母親、榕子(ヨウコ)や蓮のイトコの伶志(レイシ)、雷馳(ライチ)もいるのだが、彼らと連絡がつかないことも、千歳を不安にさせる。
伶志とは一度だけ電話がつながり、心配することはないと言っていた。しかしそれ以降、電話に出てくれない。朝の早い榕子が寝ているのは、想像がつくのだが。
「伶くんと雷くん、どうしたんだろう」
「あいつらは仕事に集中すると、他の事に気が回らないからな」
「そっか…」
「だからと言って、怪我してるガキを放っておくほど、薄情な奴らじゃない。そう心配するな」
「ん…わかった」
ようやく息を吐いて、千歳は蓮の横顔を見ていた。
思わぬ事態に京都の滞在先を飛び出してきたけど、あのまま一緒に夜を過ごしていたら、どうなっていただろう。初めて触れた蓮の唇や、押さえつけられた手の力強さを思い出し、千歳はぎゅっと目を閉じる。
「寝てていいぞ」
「蓮…」
「どうせ着くまでは何も出来ないだろ」
「僕は大丈夫…それに、寝られそうにないんだ。ごめんね…」
どうすることも出来ず、また謝ってしまう。
苦笑いを浮かべた蓮は「だったら」と前髪をかき上げた。
「寝られないなら、何か話しかけていてくれ」
「話?」
「ああ。その方が運転に集中できる」