平日、昼下がりの南国荘(ナンゴクソウ)。
にもかかわらず、リビングには東 千歳(アズマチトセ)の姿があった。
息子である虎臣(トラオミ)の一件で、一日遅れになった京都取材が長引き、休日返上になったための代休である。
あの後、千歳なりに考えて、虎臣と話し合った。何かが吹っ切れた様子で、話し合いにも素直に応じてくれた虎臣は、嘘を吐いたことを改めて謝ってくれた。
千歳に叩かれたことはやはりショックで、でも、だからこそ反省したのだと言う。
わかってもらえたことが、本当に嬉しくて。千歳は自分も、ちゃんと虎臣に向き合わなければならないのだと思い知った。
後ろ姿に話しかけ、顔も見ずに玉砕するのは、蓮(レン)に告白した時だけで十分だ。
あの時もちゃんと、顔を見て話すだけの勇気が、千歳にあれば良かった。たとえ蓮に気持ちが受け入れてもらえなくても。
――お前は逃げてばかりだ。
京都で蓮に叩きつけられた言葉。
その時の蓮の真意を、千歳はいまだに聞けていない。幸せな現状を壊してしまいそうで、怖いのだ。
だったら自分に出来ることから、少しずつ前に進んでいこう。千歳はそう考えて、今まで見逃していたたくさんのものと、向き合う努力をしている。
――月に一度くらいは、二人だけで食事に行こうか。
虎臣にそう言うと、彼は驚いた顔をして、しかしとても嬉しそうに笑い、頷いてくれた。
約束だよ!とはしゃく虎臣が、幼い子供のように小指を立てて誓いを要求する。約束の第一回目、二人だけの食事会は、昨日だった。
会社帰りの千歳と駅で待ち合わせ、近くのファミレスで食事をした虎臣は、終始上機嫌で、学校や友達のことを聞かせてくれた。今まで何も知らなかった自分を、申し訳なく思いながら、千歳も彼の話に耳を傾けて。
仲がいいクラスメイトのこと。
誘われている部活のこと。
耳にする虎臣の日常は、初めて知ることばかり。興味深く聞いている千歳に虎臣は「来月は千歳さんの会社のこと教えてね」と食事を締めくくる。
そうしてやっと、自分のことばかり話していた虎臣が、千歳を気遣っていたのだとわかったのだ。
まだまだだ。父親として。
でもこれからだって、時間はいくらでもある。少しずつ変わっていけたらと、千歳は改めて思う。
だから、というわけじゃないけど。
今日は一日、南国荘の精霊たちを観察してみよと決意して。千歳は珍しく自分からリビングの窓を開け、いそいそと入ってきた、小さな隣人たちを見つめていた。