蓮(レン)の自室は仕事部屋の向かい側だ。
優しい笑みを浮かべたまま自分たちを見送ってくれるラジャに、千歳(チトセ)は仕事部屋の扉を閉めながら頭を下げた。
千歳の手を引く蓮は、少し緊張しているような、不機嫌にも見える表情。
何を話してくれるのか、戸惑う千歳の手を離し、蓮はベッドを指さして「座れ」と命じた。
「…蓮?」
「いきなり襲ったりはしない。…いいから座ってろ」
ちょっとだけ考えていた不安を言い当てられ、頬を染めた千歳がおとなしく蓮の言葉に従う。
自分のデスクで何かを探していた蓮は、小さな箱を取り出すと、それを手にしたままデスクに備え付けの椅子に腰掛けた。
「…かなり寒かったよな、あの日」
「うん…」
二人が高校を卒業した日。あの日は平均気温を下回っていて、体育館にいたときも震えるくらい寒かった。
でも千歳には、そんなことに構っている余裕はなくて。卒業式の後に、自分が言おうと決めたことを考えたら、頬なんか火照って仕方なかったのを覚えている。
卒業証書を受け取ったときも、教室に戻ってクラスメイトと写真を撮ったときも、心を占めていたのは蓮のことだけ。
二人はあの日、校舎の裏で放置され、役目を与えられていない温室の前で、待ち合わせをしていた。
じっと手元を見つめていた蓮が、溜息を吐いて手にしていた箱を開ける。
中に入っていた写真から、何枚かを抜き取って千歳に渡した。
写っているのは卒業式の始まる前、校門で蓮が撮った、千歳の姿。
それから、人気のない温室。
「振り返ったら、お前はいなかった」
「だって、僕は…」
写真に目を落として千歳が呟く。
その場にいられなかった。蓮に泣き顔を見せたら、困らせると思ってそれで…
しかし千歳は、自分の見ている写真に言葉をなくした。
何枚もの写真。人々に忘れられた温室。
明るい日差しの中、夕暮れ、そして暗くなった後の写真まである。
最後の一枚は、温室の中だった。
高校時代、何度も蓮とそこで会っていたけど。千歳は立ち入り禁止になっていたその温室に、一度も入ったことがない。それは蓮も同じだったはずだ。
ガラスで出来ていた温室の、一番奥の屋根が割れていたことなんて、今の今まで知らなかった。
明らかに温室の中で撮られた写真。
割れた屋根。そこから覗く暗い空。
ガラスの破片が降ってきそうな、痛々しい構図。
見る者に不安を与える光景。
いや、不安を感じるているのは、この写真を撮った人間だろう。
カメラマンとして幻想的な風景写真を残している、Renのものとはとても思えない。