葛邸での生活が始まった。
蓮と同じ家に住むこと自体はともかく、なかなか精霊たちの存在に慣れない千歳。変わらず怖がるばかりの千歳に、ラジャは少し残念そう。やっと榕子以外にも、話し相手が出来たと思ったのに。
珍しがって千歳の前に現れ、ちょっかいを出す精霊たちに、ラジャは「しばらくの間、そっとしておいてあげなさい」と警告。それを聞いた千歳は、少しだけ申し訳ないような気持ちになってきた。
どうしていいかわからず、蓮に相談してみる。蓮は少し考えてから、千歳に「何かされたことがあるのか」と聞いた。
具体的に何かをされたことはない。でも怖いものは怖い。だって未知の生物なのだから。そう呟く千歳の言葉を聞いて、蓮は「理解する努力をしてみたらどうだ」とアドバイス。サンプルはそれこそ、家中に入るのだ。

蓮に言われた千歳は、恐怖を感じながらも彼らを観察するようになった。
よく見ていると、彼らには彼らなりのルールや、人間(?)関係があるようだ。
ラジャのことも、ネットを使って調べてみる。聖獣バロン、永劫の戦いを宿命付けられた者。今の平穏は彼にとって、新たな戦いを待つ、つかの間の休息なのかもしれない。
怖さをこらえて、千歳はラジャに「どうして精霊たちが集ってくるのか」と聞いた。
バナスパティ、良い気の象徴であるラジャの元は、彼らにとって心地いいのだろう。それにも増して、彼らはバリの地で、住処を追われつつある。「ここの他には、行き場のない者もいるんだよ」そう語るラジャの穏やかな瞳。

千歳は幼い頃から、どこにも居場所がなかった自分を重ねてしまう。
蓮に惹かれたのは、彼の容姿や性格ももちろんだったが、見えないものが見える千歳の事情を知っても、全く態度が変わらなかったからだ。
高校の頃、見えないものに囲まれ身動きできなくなった千歳の手を引いてくれたことがあった。ずっと一緒にいられたら、そう思ったのはあの時がきっかけ。

蓮がずっとそばにいてくれたら、怖がるばかりの自分も、変わっていけるんじゃないか。
父親がおらず、人から勘違いされやすくて、どこか孤独に見える蓮のそばに、ずっと自分がいられたら……彼も、少しは楽しくならないだろうか。
確かにあの時、千歳はそう思ったから、告白したのだ。

千歳の緊張が、少しずつ解けていく。
自分が目を背けなければ、葛邸に住む彼らは気のいい隣人たちなのだ。
ラジャもそう。彼は榕子と千歳しか姿が見えないのに、ずいぶんと優しく葛邸の人間たちを見つめてくれている。自分が深夜まで仕事をしていたら、必ず声をかけてくれた。
思えば彼は、誰にも秘密を明かさない相談相手。そんな風に考え出したとき、千歳は思わず自分の気持ちを話してしまう。

いつか自分は、ここを出て行かなければならないのかもしれない。
でも本当はずっと、蓮のそばにいたい。
変わらない想いはとても甘くて、切ない気持ち。

千歳の話を聞いて「そうか」と言ってくれるだけで良かった。叶わない想いを、ラジャが知ってくれているだけで。
……それだけの些細な感傷が言わせた言葉だったのに。

ラジャは千歳の言葉を借りて、蓮に「どうして卒業式の日、あんな風に言ったのか」と言わせてしまう。
驚く千歳自身と、思わぬ過去を掘り返されて驚く蓮。
「ちがっ!い、今のは僕じゃなくてっ!」
慌てて言うが、蓮はそのときの気持ちを教えてくれた。
振り返ったとき千歳がいなくて、自分はまた本当の気持ちを伝えられなかったのだと思い知ったこと。千歳でも理解できないなら、自分はもう誰とも分かり合えないのだと考えたこと。
いつも千歳のことを気にかけていた。だから結婚を知った時はショックで。……諦めようにも、千歳以外の人間なんか必要ないと気付いた。

抱きしめられて、好きだと言ってもらえた。
お前は?そう問われた千歳も、今度は自分の言葉で気持ちを告白する。
……千歳の気持ちを知った蓮は、もう止まらない(笑)。

翌朝(?)、千歳は理子に電話をかけ、やはり虎臣が社会人になったら離婚して欲しいと告げる。理子は自分のことのように喜んで、実は密かに蓮と会い、結託したのだとを教えてくれた。
何で言わなかったんだと責める千歳にも、蓮は平然としたもの。そうして「あいつが大人になるまで、か」と剣呑な瞳で呟き、虎臣に「早く大人になれ」と意地悪く言うのだ。
それこそ子供のような言い争い。笑って見ている榕子のそばで、ラジャも笑みを浮かべ暖かく自分たちを見守ってくれていた。