目の前のこの光景を、日本語ではどう表現するんだろう?ボクは柄にもなく言葉を失っていた。
待ち合わせの場所に近づいてくる、その人。何度も夢に見た姿。均整の取れた細身の肢体が周囲を見回し、まっすぐにボクを射抜いた。
瞳の色を見たのは、初めて。
父と同じ漆黒の瞳に、鋭い光が浮かんでいる。思っていたよりずっと強い視線。
「蓮(レン)!」
隣に立っていた父が彼を呼ぶ。少し表情を和らげたレンは、足早にこちらへ歩いてきた。
「陣(ジン)さん、お久しぶりです。遅くなってすいません」
「いやいや、俺たちが早く着いたんだ。なんせこいつが急かすもんだから」
今日この日、やっとレンに会えると知ったボクは、朝からずっと父であるジンを急かしていたんだ。それで待ち合わせが早くなったりしないことは、わかっていたけど。
でも少しでも早くレンに会いたくて。
たった一枚の写真で、どうしようもなくボクを魅了した人。
レン・カズラはわずかに視線を上げ、ボクを見た。
吸い込まれそうだ。
彼に見られているというだけで、世界の音が静かになっていく気さえする。
「確か会うのは初めてだったな。息子の咲良(サクラ)だ。デカイから目印にちょうど良かっただろ」
日本人の中に混ざると、どうしても目立ってしまうボクの身長を見上げて、ジンが紹介してくれる。
生まれ育ったギリシャでは、特に背が高いってわけじゃなかった。でも日本人にしては長身のレンより、ボクはまだいくらか背が高い。
笑みを浮かべてレンを見下ろした。
黒いレザーのジャケットと、真っ白なシャツ。コート着てないけど、寒くないのかな?よく似合うコントラストの効いた服に、レンは肩から重そうな荷物を下げている。
鞄のデザインが違うけど、ジンと同じ大切なものが入っているんだろう。
中身はカメラ。
二人はカメラマンだから。
「六浦(ムツウラ)ミルティアディス咲良です。ハジメマシテ、レン。会えて嬉しいヨ」
「はじめまして、葛(カズラ)蓮だ。以前から陣さんに、噂だけは聞いてるよ」
頬を緩めて右手を差し出してくれる。レンの手を握ったボクは、そのまま強く引き寄せて、ぎゅっと彼の身体を抱きしめた。
驚かせたかな?わずかに震えた体は、細く見えたけど思ったより逞しいみたいだ。
日本人はハグに慣れてないんだって聞いて、こっちへ来てからはずっと気をつけていたけど。相手がレンなら話は別。
ゆっくり離して顔を見ると、やっぱりレンは戸惑う表情を浮かべていた。