【南国荘U-@】 P:02


「咲良、日本では挨拶代わりにハグをするのをやめろと言っただろ」
「ゴメンねジン、でもレンにはズット会いたかったカラ、つい」

 確信犯だったけどそう謝って、レンから手を引いた。

「構いませんよ、陣さん。…咲良くん、で構わないかな」

 少し困った顔。今回日本へ来て、ボクは自分の名前が彼ら日本人に、とても難解なものなのだと知った。一度でボクの名前を覚えられる人は、まずいないんだ。

「もちろん咲良でイイヨ、レン。ギリシャでもミンナそう呼ぶカラ」
「わかった」
「咲良クンじゃナク、咲良ってヨンデ?」
「…咲良?」

 レンの声で名前が呼ばれると、それだけで幸せになってしまう。この人はボクにとって、本当に憧れ続けた人だから。

「とりあえず、どっか入らねえか。寒くて凍えそうだ」
「そうですね。陣さん、やっぱり今でも飲むのは居酒屋が一番ですか?」
「当たり前だろ。ホテルのバーなんか連れて行きやがったら承知しねえぞ」
「わかってますよ」

 くすっと小さく笑うレンに連れられて、寒い冬の街を歩き出す。
 どうしても彼を見つめてしまうボクに気付いたのか、レンは視線を上げ話しかけてくれた。

「咲良は日本語が上手いんだな」
「ソウ?嬉しいナ」

 レンに褒められるのは、誰に言われるより嬉しい。
 確かにボクは読み書きも、聞き取りも、日本語に何の問題もない。

「昔カラ、ジンはニホンゴで話してくれたし、ママもニホンゴ大好き。ジンがニホンにいる間、送ってクレル手紙もみんなニホンゴ。だからボク、聞くのも読むのも、トクイだよ。ニホンゴ」
「確かに咲良の日本語は、ヒアリングもリーディングも日本人と変わらないくらいなんだが、どうにも発音がなあ…」
「デモ、ジンのエリニカより、ボクのニホンゴの方がジョーズだよ」
「はいはい」

 口の減らない、と文句を言うジンを見て、レンが笑う。でもその目元の辺りに、ちょっと戸惑いが浮かんでいた。

「エリニカ、ギリシャゴ」
「ああ、なるほど」

 ごめんね、わからないよね。ジンと話すときは、ついギリシャ語と日本語を混ぜてしまうんだ。

「ありがとう、咲良」
「レン…」
「ん?」

 可愛い。どうしよう。
 お礼を言うレンは、まっすぐにボクを見つめて、微笑んでくれた。

「ナンデモナイヨ」

 咄嗟に首を振る。
 あまり表情を作るの、上手くないのかな?豊かとはいえない変化だけど、彼のきれいな顔に、曖昧な表現はとても似合っていた。
 
 
 
 レンが案内してくれたのは、とても日本的な店だった。入ったところで「個室にしますか?」と聞いたレンに、ジンがそこまでは必要ないって答えて。お店の人に一番奥の席へ案内してもらう。