ぼく、二宮蒼紀(ニノミヤアオキ)は東京に出てきて、もうすぐ一年になる。高校卒業と同時にこっちへ来たから、今は19歳。
東北の少し寂しい街で育ったぼくは、この一年、気忙しい東京の街に、全然慣れることが出来なかった。
きらびやかな景色を楽しいとも思わないし、溢れかえるモノを手に入れるような余裕もない。自分が楽しむために買い物をするどころか、最近、お金に困って携帯電話さえ手放してしまったありさまだ。
携帯電話なんかなくたって、そんなに困ると思えなかった。メモリーに登録されていたのは実家と、家族の携帯。それにバイト先だけ。全部番号はメモしてある。
大体、東京に出てきてぼくは、一度も実家や家族に連絡していない。地元にいた時も電話なんてあまり使わなかったから、携帯がないと言うことが、そんなに大変なことだとは思えなかったんだ。
それが今になってようやく、携帯の必要性を思い知った。
携帯電話がないと……新しいバイトさえ、見つからないなんて。本当に気付かなかったんだ。
思わずため息を零し、下降していくエレベーターの階数表示を見つめる。
心底、途方に暮れていた。
自分が情けなくて、嫌になる。どうしてぼくはこうも、要領が悪く不器用なんだろう。頭も悪いし性格も暗いし。何一つまともに出来ない。誰の役にも立てないんだ。
もちろんそんなぼくと、親しくなろうという人はいない。ぼくとしても望むのは、誰にも迷惑をかけないで、ひっそり生きていることだけ。でもそれすら、今のぼくには難しい状態だった。
実家には帰れない。
連絡することすら出来ない。
帰るところも、行くところもない。
本当にこのまま、消えてしまいたい。きっとぼく一人が世界からいなくなっても、誰も気付かないんだろうな。
ポン、と小さな音がしてエレベーターが止まった。入ってくる人のために奥へ移動し、視線を伏せる。
誰かと目が合うと、まるで睨まれているような気がして下を向くのは、小さい頃からのクセだった。
誰もぼくのことなんか知るはずないのに。勝手に怯えるぼくは、自信過剰なのかもしれない。
でも乗り込んできた人は思いもかけない明るい声で、ぼくの名前を呼んでくれた。
「二宮くん」
「え…?」
驚いて顔を上げる。
優しい表情で微笑みを浮かべ、ぼくをまっすぐに見ている人。
「東(アズマ)さん…」
東 千歳(チトセ)さん。このビルの出版社に勤めている、編集さんだ。
ぼくは今、彼も働くその出版社から、帰るところだった。