唐突な再会に動揺して、挨拶の言葉さえ出てこない。
でもしどろもどろになってるぼくに、東さんは嫌な顔ひとつしなかった。
「お疲れ様」
「…お疲れ様です」
「二宮くんもこれから外回り?ちゃんとケガが治るまで、デスクワークにしてもらったら?」
「えっと…その」
東さんの言葉に、そっと自分の右肩を抱きしめる。触れるだけでも痛かった。
事情を言いづらくて、また俯いてしまうぼくの言葉を、東さんは優しい笑顔で待っていてくれる。
今さっき出てきたバイト先の編集部とは、別の部署にいる東さん。でもこの人にも迷惑をかけてしまったから、ちゃんと理由を話さないと。
「あの、帰るところなんです」
「え?今から?」
「…はい」
まだ昼前の忙しい時間。首をかしげている東さんに、言葉足らずなぼくの説明では、余計な疑問を抱かせてしまったようだ。
「確か10時から19時の勤務だったよね。早退するの?」
心配そうな表情でぼくを見つめてくれている。きっとケガのせいだと思ったんだろう。
ごめんなさい、東さん。
バイトの面接でぼくの採用を推してしてくれたのは、当時まだ同じ編集部にいた東さんだったのに。
情けなさと申し訳なさで、まともに東さんの顔を見られない。
「あの…クビになったので」
「ええっ?!」
「今日は、ご挨拶だけ…」
驚く東さんの声。居たたまれなくて、また自分のつま先を見つめてしまう。
今日ぼくは、半年しか続かなかったバイトをクビになり、帰るところなんだ。
辞めてほしいと言われた理由は、色々あると思うけど。決定打になった事案では、ここにいる東さんにも、ご迷惑をおかけしてしまった。
ぼくはこの出版社にある、ビジネス雑誌の編集部で、雑用係のアルバイトをしていた。
高校卒業と同時に東京に出てきた途端、就職するはずだった会社が倒産して。それからいくつかのバイトをしたんだけど、どこも長くは続けられなかった。
人員削減の対象になってしまったり、お店自体が潰れたりして。
何ヶ所も面接を受けに行き、ようやく雇ってもらえたのが、この出版社。
受けたときは絶対無理だと思ってたんだけど、面接を担当した東さんが、食べることさえ困っていたぼくの事情を知って、編集長に採用を推してくれたんだ。
それからも東さんは、転属になるまでの短い間、ずっとぼくの面倒を見てくれた。不器用でどうしても仕事に追いつけないぼくのこと、辛抱強く指導してくれたんだ。
その東さんが別の編集部へ転属になった、三ヵ月後。事件は起きてしまった。