【南国荘U-E】 P:01


 南国荘(ナンゴクソウ)から二十分の寺院へ行った帰り道。ボクに付き合ってくれたトラオミは、南国荘が見えてきた曲がり角で、足を止めた。

「…どうしても蓮(レン)さんじゃなきゃ、ダメ?」

 唐突な発言に、驚いたけど。彼はとても心配そうな、切ないような顔をしている。
 その気持ちがボクに向けられているのだとわかって、言葉の内容よりトラオミの気遣いが、とても嬉しかった。

「…トラオミは、ヤサシイね」

 本当に優しい子だ。
 血の繋がらない父親であるチトセと、ボクとの間で板ばさみになっている。
 首を振りながらトラオミは「そうじゃなくて…」と呟いたけど、ボクはその言葉を遮った。

「ボクはレンをアイシテル。ソレは変えラレナイ」
「…うん」

 ボクの気持ち、わかっているんだろう。後悔の広がりだした表情。
 いいんだよ、君は間違っていない。
 チトセのために何かをしたくて、ボクの気持ちを止めようとした言葉。応えてあげることは出来ないけど、君の優しい気持ちはちゃんと届いているから。

「トラオミはチトセの味方なんダネ」
「ごめん…オレ、咲良(サクラ)さんの気持ち、わかってるつもりなんだけど」
「イイヨ、間違ってナイ。トラオミが誰の味方デモ、ボクはトラオミがスキだ」

 本当に。君がもう少し大人だったら、ボクはレンとキミの間で、揺れていたかもしれないね。それくらい君は魅力的だ。
 まだ成長しきっていない、華奢な身体。トラオミのような意思の強い瞳が、ボクはとても好きだから。
 くるくる変わる豊かな表情も、たくさん話してくれる楽しい言葉も。本当に好きだよ。

 ……って。そう思ったから言ったのに。
 トラオミの顔はだんだん染まって、ついには真っ赤になってしまう。
 恥ずかしいの?そんな可愛い顔しないでよ。ギリシャには何人か恋人がいるけど、ボクはこの日本で、レン以外の人を愛さないよう決めてあるんだから。

「そういうことばっかり言ってるから、蓮さんに節操がないって言われるんだよ!」

 火照った顔で喚いたトラオミは、素早く身を翻して駆け出してしまう。

「エ!ちょっとトラオミ、ドコ行くのっ」
「南国荘まで走るっ!」

 後ろも見ずに走っていくトラオミを、笑いながら追いかけた。
 もしかして彼は、
見た目よりも純情に育っているのかな。そんな彼に、色んな感情を教えてあげたいけど。南国荘の門から中へ駆け込んだボクは、目の前に現れた存在に、全てを忘れてしまう。

「レン!オカエリ!!」

 今日は電車で出掛けると言っていたレンが、ちょうど帰ってきたところだった。
 ボクが駆け寄っていくと、先にレンの元へたどり着いていたトラオミが、さっとレンの後ろに隠れて、そのまま南国荘の中へ飛び込んでいく。

「お前、虎臣(トラオミ)に何したんだ」
「ナニモしてナイよ。ボクはトラオミがスキだから、そう言ったダケ」
「ったく…お前は本当に」