うんざりした顔で、溜息を吐いたレン。
でも、その顔が。
ボクを見て……笑った。
「レ、ン?」
「しょうがない奴だな」
いつも無愛想な表情が、柔らかく緩んでいく。目が少し細くなって、ボクの姿を映し、可笑しそうに曲線を描いた。
こんな風に笑いかけてくれるなんて。
そんな可愛い顔をしてくれるなんて。
レン、苦しいぐらいに、君が愛しいよ。
「レン!」
「う、わ!加減しろバカッ」
思いっきり抱きしめたボクの腕の中、ぎゅうっと一瞬強張ったけど、でもレンはすぐに力を抜いて、気にする風もなくいつものように、逃げ出そうとしてる。
ごめん、レン。
今は離してあげられない。
レンは慣れた様子で引き離そうとしていたけど、ボクは抱きしめる腕に力をこめた。いつもと違うボクに気付き、レンの身体が固くなっていく。
怖がらないで。まだ何もしない。
レンの存在がボクの腕の中にあること。君がボクを受け入れ始めていること。それが嬉しくてたまらないんだ。
無表情に拒絶だけを繰り返していたレン。君の中でボクに対する気持ちは、確実に変わり始めている。
まだ急がないよ。
でもそのままいつか、ボクを深く受け入れて。
「おい、離れろ!」
急にレンは力強く、ボクの身体を押し返した。仕方なく腕を緩めてあげる。
「…ただいま」
柔らかくレンの身体を拘束したまま振り返れば、ボクの後ろに立っていたのはチトセだった。
彼は戸惑った表情を浮かべ、でもとくに何を言うこともなく、ボクとレンを見つめている。
「オカエリ、チトセ」
「うん。ただいま咲良くん」
「キョウは早かったネ」
「直帰だったから…わかるかな?直帰」
「チョッキ?」
「そう。仕事で会社を出て、その出先から直接帰宅することを、直帰って言うんだ」
「ナルホド、直帰ネ。ワカッタ、教えてくれてアリガトウ、チトセ」
「どういたしまして」
にこりと微笑むチトセは、思いっきりボクを振り払って腕の中から脱け出したレンを、黙って見ていた。
「おかえり千歳(チトセ)」
「…うん。蓮もいま帰り?」
「ああ」
「…そう」
「メシまで時間がある。先に風呂でも浸かってこいよ」
「そうだね」
ゆっくり南国荘へ入っていくレンの後ろ、チトセが何事もなかったかのようについていく。ボクが立ち止まっていたら、振り返って「入らないの?」と聞いてくれた。
「スグ行くよ。サキ行ってて」
そう?と微笑んだチトセ。ぱたりと閉まった扉を、じっと見つめる。
ハグも、キスもしない。
それどころか、ボクに抱きしめられているレンを見ていたのに、何も言わない。
でも二人は、自分たちが恋人同士なのだという。
ボクには到底、信じることも理解することも出来なかった。