いきなり抱きしめられて、ぼくは言葉もなく固まってしまった。
ケガをして、仕事をなくし、住むところもなくしていたぼくを、東(アズマ)さんが自分の住む南国荘(ナンゴクソウ)へ連れてきてくれて、一週間。少しは慣れてきたかと思っていたけど、ぼくは全然変われていない。
「アオキ?痛カッタ?」
「あ、あの」
ただ普通に彼の常識として、別れの挨拶をしただけなのに。心配そうな咲良(サクラ)さんが見つめていても、ぼくはろくに言葉を返せないんだ。
ハグ、というギリシャ人の咲良さんにとって、当たり前の行動。さっき榕子(ヨウコ)さんも自然に受け入れていた。
なのにぼくは、こんな些細なことでさえ、人に不快感を与えてしまう。
「慣れてないだけよ、大丈夫」
榕子さんがやんわりぼくを庇って、微笑んでくれた。
そうなんだ。こんな風に慣れていないんだと、だから大丈夫だと言えば良かったのに。
唇を噛みしめるぼくの背中、榕子さんが優しく手を添えてくれる。
「ほら、蓮(レン)ちゃんが待ってるわ」
「うん。ジャア行くネ!」
車に乗り込んだ咲良さんは、見えなくなるまでぼくと榕子さんに手を振っていた。
いつも明るくて、とても日本語の上手な咲良さんは今日、一時的に母国であるギリシャへ帰国する。すぐに戻ってくる、と言っていたけど。
「あーちゃん、大丈夫?」
蓮さんの運転する車が見えなくなってから、榕子さんがそっと聞いてくれた。
「はい…すいません」
俯いて答えるぼくの背中、榕子さんは何度かとんとん、と叩いてくれる。
やはり親子だということなのかな。蓮さんと榕子さんの外見は、全然似ていないけど。こんな風に同じような方法で、ぼくを慰めてくれるんだ。
「謝らなくてもいいのよ。私はちゃんと、あーちゃんがいい子だって知ってるんだから。ちょっとびっくりしたのよね?」
「…はい」
「前に咲良ちゃんのお父さんの、陣(ジン)さんから聞いたことがあるのだけど。ギリシャではああして、ハグするのか普通なんですって」
そう話しながら、榕子さんは家の中へ入っていく。ななめ後ろを歩きながら、彼女の言葉に耳を傾けていた。
「でも相手に好意があることもあれば、そうじゃないこともあるでしょう?」
「そう、ですね」
「だからギリシャの人は、好きな人にはぎゅーって抱きつくのに、そうじゃない人のことは、すぐ離しちゃうんですって」
だったら咲良さんは、ハグを返せなかったぼくのこと、そんな風に思ってしまっただろうか。
榕子さんは気にしていないのか、ふふ、と楽しそうに笑ってる。
また暗く落ち込んでしまいそうだったぼくは、その笑顔を見て少し落ち着くことが出来た。榕子さんを見ていると、なんだかとても安心するんだ。