ぼくの母よりずっと「お母さん」という言葉に相応しいような気がして。
この南国荘で、榕子さんはあまり家事をしない。本人は「出来ないの」と言うし、蓮さんも「頼むから手を出すな」と榕子さんを止めてしまう。
でもこの南国荘の主は、間違いなく榕子さんだ。
穏やかで、温かくて。みんなのことを平等に受け止めている。
ぼくみたいな存在でさえ。
「そんなことしたら、相手に気持ちがわかっちゃうのにね。それでもハグをするなんて、不思議だと思わない?」
「はい」
「ね?面白いのね、国が違うと文化が違っていて。私も昔、一人で色んな国へ行ったのだけど。ご飯を食べることと、その国の人と話すことが、一番楽しかったなあ」
榕子さんの何気ない言葉にとても驚いた。一人で外国へ旅行をするなんて、榕子さんのイメージからは想像できない。
「一人で、ですか?」
「そうよ。蓮ちゃんが生まれる前ね。…意外かしら?」
くすくす笑う榕子さんは、ダイニングに座ってぼくを見上げる。
「ねえ、あーちゃん。もし肩が痛くなかったら、お茶を淹れてくれない?」
「ぼくでよろしければ」
「もちろんよ。あーちゃんの淹れるお茶、美味しくて大好きよ」
お願いね、という榕子さんのため、ぼくはキッチンに入っていった。
蓮さんの手できれいに片付けられたキッチン。ここでお茶を淹れるのが、最近のぼくに唯一許されている、自由な時間だ。
最初はどうしていいか、わからなかった。何をどうしたら、蓮さんの迷惑にならないのか、そればかり考えていて。
でもそんなぼくに「いいんだよ」と言ってくれたのは、虎臣(トラオミ)くんだ。
――いいんだよ、そんな心配しなくても。何か気に入らなかったら、蓮さんはハッキリ言うと思う。言われてから改めたって、遅くない。大丈夫、誰も二宮(ニノミヤ)さんを責めたりしないから。
だから美味しいお茶、淹れて?と。彼は笑顔で言ってくれた。
何も言えないでいるぼくの気持ち、虎臣くんはどんどん言い当てて、掬い上げてくれるんだ。中学生にフォローされているなんて、情けないにもほどがあるし、いつものぼくなら、なかなか受け入れられなかっただろう。
でもどうしてなのか、虎臣くんの言葉はすうっとぼくの中へ入ってくる。
彼が大丈夫だと言えば、大丈夫な気がしてしまうし、彼が笑って話しかけてくれると、それだけでぼくは心が落ち着く。
この、南国荘のせいなのかもしれない。
大きな洋館に不似合いな、観葉植物に覆われた家。住んでいる人間も多いけど、他にも妖精や精霊が、ここにはたくさん住んでいるらしい。
最初は恐怖を感じていた。
目には見えない誰かが、ずっとぼくを見ているのかもしれないと思うだけで。部屋から出ることさえ怖かったんだ。