玄関ホールで何か音がしてるなって思ってたら、オレと二宮(ニノミヤ)さんがいるダイニングに千歳(チトセ)さんが飛び込んできた。
「ただいま!」
「おかえりなさい、東(アズマ)さん」
「お、かえり…どうしたの?千歳さん」
「うん、ちょっとね」
珍しいな。千歳さんがこんな、騒々しく帰ってくるなんて。
オレは時計を見上げた。針はもうすぐ8時を指そうというところ。
最近忙しそうだったけど、今日は残業しなかったのかな?そうだとしても、千歳さんはなんだか、やけに浮かれてるみたいだ。
「二宮くん、もう身体はいいの?熱、下がった?」
「はい…ご心配お掛けして、すいません」
「気にしないで」
笑顔で二宮さんに聞いてるけど、気はそぞろって感じだ。バタバタとオレに近づいた千歳さんは、慌しくコートを脱ぎ始めている。
「ごめん、虎くん。コート預けていい?」
「いいけど…なに慌ててるの?」
「蓮(レン)に仕事の話があって」
「ああ…蓮さんなら…」
仕事場、って言おうとしたんだけど。千歳さんは放り投げる勢いでコートを置くと、鞄抱えて踵を返した。
「大丈夫、ラジャさんに聞いた!じゃあ、あとよろしくっ」
「ちょ、千歳さん!晩ご飯…っても〜」
入ってきた時と同じ勢いで、千歳さんはリビングを出て行ってしまう。
オレは溜息を吐いて、千歳さんが乱暴に脱いで行ったコートを整え、いつも千歳さんが座っているイスに掛けた。
「晩ご飯、どうする気なんだろ」
「冷蔵庫に仕舞っても、いいのかな?」
「いいんじゃない?あの様子じゃ、もう朝まで蓮さんの部屋から出てこないと思う」
お腹すいたら、蓮さんが何とかするだろうし。そう続けたオレの言葉を聞いて、二宮さんは少し頬を赤くしながら、ラップを取りに行ってくれた。
最初は蓮さんと千歳さんの関係を知って、嫌悪感ってほどじゃないけど、不快感を露にしていた二宮さん。でも最近はようやく慣れて、受け入れられるようになったみたいだ。
咲良(サクラ)さんのおかげかな?あの人ほんと、どこでも蓮さんを口説くんだから。
ダイニングテーブルから、じっと二宮さんを見つめる。
先週、駅から二宮さんが倒れてるって、連絡来たときは驚いたよ。
学校から帰って来たら、榕子(ヨウコ)さんが昼に出て行った二宮さんが帰ってこないって、心配して青くなっててさ。どうしたんだろって二人で心配してるところに、咲良さんがギリシャから帰ってきて。
千歳さんか蓮さんに連絡取った方がいいんじゃないかって、三人で相談してたら、蓮さんの中学時代の同級生だっていう駅員さんが「お宅の住人、駅で倒れてますよ」って、電話をくれたんだ。
咲良さんと一緒に迎えに行ったら、二宮さんは真っ青な顔で気を失ってて、駅長室の簡易ベッドに寝かされてた。
ほんと、血の気が凍るって、ああいうのを言うんだね。咲良さんが支えてくれなかったら、オレまで倒れてたかも。