「いい加減にして」
きっぱりした、力強い言葉。
それがチトセの言葉だとは思えなくて、ボクは耳を疑ってしまう。
レンとチトセが一緒に長崎へ行くと聞いたボクは、すぐに自分も行きたいと口にした。
確かに深く考えていなかったと思う。二人が仕事の滞在を伸ばし、同じ時間を過ごそうとしていることに。その意味に対してだ。
元々、長崎は京都や奈良と同じくらい、行ってみたかった場所だった。
木造建築の研究が専門だけど、ボクが主に興味を持っているのは、日本にある西洋建築だから。
和と洋の融合した、明治から昭和初期にかけての建物は、日本にいるうちに出来るだけたくさん見たいと思ってる。長崎には明治時代の洋館が、いくつも残ってるよね。
憧れていた長崎の街を、レンと一緒に歩けたら最高だと思って。
そればかりに気を取られていたボクは、正直なところチトセの気持ちなんて、考えていなかった。
チトセは少し青ざめている。でもまっすぐに、ボクを見ていた。
けして視線を逸らそうとしない。
「チトセ…何?」
「曖昧な僕の態度が、一番悪かったと思ってる。でももう、いい加減にして欲しいんだ。僕の前で蓮を口説いたりしないで」
「デモ…ソレハ」
「君が素敵な人なのはわかってるよ。真剣だってことも、ちゃんと知ってる。だからこそ、もう限界なんだ。蓮のことは相手が誰でも譲らない。君がどんなに蓮を好きでも、世界で一番、蓮を愛してるのは、僕だ」
呼吸を忘れるほど驚いた。
まさかいつもおとなしいチトセが、こんな激しいことを言うなんて。
唇を震わせ、泣きそうになっているのに。チトセの視線には宣言どおり、譲る気のない強い気持ちが現れてる。
彼は今まで、レンの恋人であることを、一度も否定はしなかったけど。それを強く主張したこともない。
彼らは仲のいい友人以上の関係を、ボクに見せたことはなかった。
でも、愛してるって。
ボクより、母親であるヨウコさんより。チトセは世界で一番、自分がレンを愛しているんだと、はっきり言った。
ボクは動揺している自分を、必死に押さえ込んだ。
チトセが真剣なのはわかるよ。でもボクだって、レンのことだけは譲れない。
「…レンの気持ちは、キミの決めるコトじゃナイヨ」
「咲良さん」
静かに反論したボクの言葉に、トラオミが辛そうな表情を見せた。
ごめんね、トラオミ。たとえ君の大切なパパが相手でも、今だけは引いてあげられないんだ。
君は「幸せと不幸せは、等分だ」と話していたね。だとしたらボクは、自分が幸せになるために、チトセを不幸にしようとしているのかもしれない。
それでも、ここで逃げたら。
ボクの想いは行き場を失ってしまう。
「ダレのアイを受け取るか。キメルのはボクでもチトセでもない。レンだよ」
「そうだな」
ボクに答えたのは、レン本人だった。