レンはゆっくりチトセのそばへ歩いていって、彼の頭を引き寄せる。
愛しげな表情だった。
今まで、一度も見たことがないくらい。
支えあう二人の姿は、ボクの見ていなかったところで、彼らがどれほど深く愛し合い、互いを必要としてきたのか、まざまざと見せ付ける。
二人はずっとこうして、寄り添っていたんだろうか。
悔しいけどその間に、他人が入り込む余地なんて窺えない。
「俺の気持ちを決めるのは俺だ。だからこそお前には、諦めろと言うしかない」
「ボクじゃダメって、言いタイの…?」
「お前だから言うんじゃない。誰だろうと千歳の代わりは、いらないんだ」
「レン…!」
どうしてそんなこと。今まで君は、ボクの気持ちをはぐらかしながらも、決定的なことを何も言わなかったのに。
でも、そうだ。
強くは拒絶しなかったけど、レンは一度もボクの気持ちを、受け入れようともしなかった。
こうなる予感は、ずっとボクの中にあったはずだ。それなのにボクは、目を逸らし続けていた。
「もしこの先、千歳を失うことがあったら。オレは一人で生きていく」
レンの声には、一切の迷いがない。
情熱的なママの言葉を思い出す。
幼い頃、どうして日本人と結婚したんだと聞いたボクに、彼女はレンと同じくらい力強い言葉で言ったんだ。
日本人だからパパを選んだんじゃない。自分にはジンしか必要なかった。
―――ジンのいない世界なんて、ママには生きている意味がないの。
「お前の気持ちは嬉しいさ。好意を持たれて嫌な気になる奴はいない。しかしそれで、千歳が辛い思いをするなら別だ。俺のことは諦めろ」
「なにヒトツ、ボクに可能性はナイって、言いタイの…?」
「そうだ」
レンから告げられた最終勧告。
とても静かで、穏やかな声だけど。だからこそ、とてもレンらしくて。どんなきれいな言葉より、胸に突き刺さる。
ボクは席を立った。
彼の大切なものは何も取り上げない。そう誓ったんだ。
「…ワカッタ」
「咲良さんっ」
「ゴハン、ごちそうさま。オイシカッタ」
「待って咲良さんっ!」
辛そうなトラオミの声がボクを引き止めるけど、待ってあげることはできない。
優しい南国荘の人々には、こうなることがわかっていたんだ。それでもボクを大事にしてくれた。だからこそ随分、心配をかけたはず。
一番心配をかけたのは、トラオミかな。泣きそうな顔で、レンを諦めて欲しいと話してくれた。自分は無茶苦茶な事を言ってる、酷いことを言ってるって。すごく悲しそうな顔をしていた。
ボクはトラオミに、君はチトセの味方なんだってねって、言ったけど。間違っていたよね。君は最初からボクに、可能性がないことを知っていた。
だから……ボクのために、レンを諦めて欲しいって。そう言ったんだね。