蓮(レン)さんが留守の間、ぼくは南国荘(ナンゴクソウ)の家事を、任せてもらえることになった。
ぼく以外に頼める人がいないって、さらりと言ってくれた蓮さんの言葉は、ぼくにとって本当に嬉しい言葉だった。
ぼくでもここでなら、少しくらい役に立てるのかもしれない。自意識過剰なのかもしれないけど、そう思えたら息をするのさえ、楽になったように感じたんだ。
でもやっぱり、不安で。迷っていたぼくの背中を押してくれたのは、虎臣(トラオミ)くん。彼は自分も手伝うからって言って、優しく笑ってくれた。
だけど、慣れない南国荘の家事に必死になっていたぼくを、強引な誘い方で横浜まで連れて来たのも、虎臣くん。
……そのことが、ぼくにはとてもショックだった。
何を期待していたんだろう。彼はぼくの気持ちを全部、わかってくれているなんて。信じきっていた自分が恥ずかしい。
東京に出てきてからは、生活することに必死でろくに遊んだ記憶もないから、横浜に来たのも初めて。
連れ回される目新しい景色が、楽しくないわけじゃないけど。帰ってからやらなきゃいけないことを思うと、気持ちばかりが焦ってしまう。
ぐずぐずとそんなばかり考えてしまうぼくに気づくたび、虎臣くんは声を掛けてくれた。
「疲れた?少し休もっか」
「いいよ…大丈夫、平気だから…」
写真を撮っている咲良(サクラ)さんを眺めていると、虎臣くんが話しかけてくれた。
ぼくはすぐ首を振ったのに、彼は腰に手をあてて、ちょっと怒っているみたいな表情を作る。
「ダ〜メ。全然平気な顔してないでしょ」
「…ごめん」
すごいな。彼にはぼくの体調なんて、お見通しなんだね。
隠すのを諦め、謝ったぼくに、虎臣くんは苦笑いを浮かべる。
「ここ座ってて。オレ、なんか飲むもの買ってくる。咲良さ〜ん」
駆け出す虎臣くんの背中を見つめながら、言われたとおり素直に、近くのベンチへ腰を下ろした。
確かにちょっと、疲れたのかもしれない。
週末の横浜は、けっこうな人出だ。ここのところ、ずっと南国荘に篭っていたから。少し人酔いしてるのかな。
ぼくのいる場所からじゃ、咲良さんたちの声はあまり聞き取れない。でもなんだか、拗ねた表情の咲良さんに、虎臣くんはいきなり抱きしめられてしまっていた。
びっくりした。こんな人通りの多いところで、そんなことするなんて。
動揺して周囲を見回したら、彼らを見た観光客の人たちは、微笑ましい情景だと笑みを浮かべている。
そうだね。確かに背が高くカッコいい、モデルみたいな咲良さんと、まるでアイドルみたいな虎臣くんの二人がじゃれあってる姿は、何かの撮影みたいだ。