隣で眠る千歳(チトセ)の背中を、肩から腰の辺りまで、ゆっくり撫でていく。深い眠りの中にいる千歳が、少し眉を寄せた。
「ん、ん…れ、ん」
薄く開いた唇は、無意識でも俺の名前を呼ぶ。思わず笑みを浮かべて、ベッドサイドに置いてあったライカを手に取った。
まだ夜の十時を回ったところだが、静寂に響いたシャッターを切る音にも、千歳が起きる気配はない。二人だけの自由な時間は、今日までだ。その思いが強く、少し無理をさせただろうか。
「れ…ん…れん…」
「どうした、千歳?」
「ん…すき…」
「ああ。俺もだ」
「す、き…だいすき…」
子供のようにふにゃっと歪んだ顔。どんな夢を見ているのか、幸せそうな表情に俺の顔まで緩んでしまう。
こうして愛しいもの、美しいと思えるものを目にした時、視界をファインダーのサイズで切り取り、一番バランスのいい瞬間を探してしまうのは、職業病かもしれない。
もう一枚、千歳の寝顔を切り取って。俺はライカを置いた。
知らないうちに写真を撮れば、また照れて怒るんだろうが……ま、バレなければいいだけのことか。
さすがにハメ撮りやらかすほど、悪趣味ではないつもりなんだが。可愛い顔で喘いでる千歳を見ていると、それも自信がなくなる。
今の俺みたいな奴を、溺れていると言うんだろう。自覚しているだけに、反論の言葉はない。
千歳の何が、ここまで俺を惹きつけるのか。そんなものは考えるだけ無駄だ。理屈で説明できるはずがない。
容姿も考え方も、千歳と俺はまるで違う。
それが理由かと問われれば、俺は首を振るだろう。ふいに重なる同じカタチの気持ちを見つけた時、感じる至福はまた別のもの。
千歳が千歳だから、としか言い様がない。こいつ以外のパートナーなんか、俺には必要ないし、もしもう一度千歳を失うことがあったら、俺は二度と誰も愛さないだろう。
そう言って咲良(サクラ)の好意を撥ね付けたのは、一週間前の話。
自分の残酷さに吐き気がする。
最初から望みはないと、わかるほどに冷たく接していれば良かった。少なくとも、もっと早い段階で、俺自らが咲良の気持ちを、はっきり拒絶するべきだったんだろう。
曖昧な態度ではぐらかし続けた俺は、そのうち咲良が飽きてしまうことを、望んでいたに違いない。
……馬鹿だよな。
あの陣(ジン)さんの息子である咲良が、そんな生半可な気持ちで愛しているなどと、言うはずがないのに。
咲良の父親、六浦(ムツウラ)陣と俺との付き合いは長い。
初めて彼のアシスタントを勤めたのは、今から十年近く前だ。それ以来、俺にとっての陣さんは師とも呼ぶべき存在であり、同時に最も信頼しているカメラマン。
また現実的な父のいない俺が、誰より敬愛している男でもある。