俺は陣さんほど情熱的な男を知らない。
どんな時も自分の気持ちに正直。意に沿わないとなれば、相手が誰でも噛み付く。
周囲の反対を押し切って、ギリシャ人女性と結婚したとき、ご両親には一度、勘当されたそうだ。
咲良が生まれてやっと、実家に帰ることが許された。そう話していた陣さんは、自分が勘当されたときも、ご両親に自分から連絡を取り続けることを止めなかった。
仕事もプライベートも、彼は一切妥協しない。どんな苦労が待ち構えていても、けして逃げ出さずに戦う。
その分、一旦自分の懐に入れた人間には、深い愛情を持って接する人。
咲良は陣さんの気質を受け継いでいる。あいつの隣にいると、まるで若返った陣さんと話している気にさえなってくる。
言葉や容姿が違っていても、芯に通ったものが同じなんだろう。
隣にいて言葉を交わし、虎臣(トラオミ)や二宮(ニノミヤ)に手を差し伸べてやっている姿を見ていると、あいつには嫌な言葉を吐きたくなくなるんだ。
お前の気持ちには応えてやれない。
早くそう言ってやらなければならないと思うのに、時間ばかりが過ぎて。
結局俺は、千歳を泣かせ、咲良を深く傷つけてしまった。
咲良が南国荘へ来てから、千歳は不思議に思うほどぐらついて、不安に泣いていた。
まったく、何をそんなに泣くんだか。俺が咲良の手に落ちるとでも言うつもりなのか?
怒りを通り越して、呆れるしかない。
俺をどうにかしたいなんて、千歳が言うなら考えてやらないこともないが、あるわけないだろう、そんなこと。
男でも女でも、千歳以外の相手を考えることはできない。
咲良の想いを終わらせる、その口火を切ったのは千歳だった。
世界中の誰よりも、俺のことは自分が一番愛している。だからこそもう、咲良が俺を口説いている姿を見るのは、耐えられない。
強い口調で言い放った千歳は、見ていてわかるほど震えていた。
元来千歳は、どんなことでも人と争うことをしたがらない。優しいというより、他人に対して気弱な性質だ。
あいつのそういうところは、出会った頃から何も変わらない。それは千歳自身を傷つけてしまうこともあるが、優しさや柔軟さという、あいつの魅力にも繋がっている。
そんな千歳が自分から「咲良くんに、僕が言う」と言い出したときは驚いた。
俺の責任を、千歳が負う必要はない。
そう話した俺に、千歳は笑っていた。
―――誰かが悪いんじゃないよ。蓮も、咲良くんも、僕も。一生懸命に人を好きになっただけでしょ?…でも僕は自分で言いたい。蓮のことだけは、誰にも負けたくないんだ…
今回だけは甘やかさないで、と小さく呟いた千歳に、俺はもう何も言えなかった。
自分のことを弱いとか、逃げてばかりだとか言う千歳。だが俺は、あいつがどんなに強いか知っている。