【南国荘U-N】 P:01


 部屋から出てこなくていい。咲良(サクラ)さんにそう言ってもらって、ぼくは自分の部屋に閉じこもっていた。
 ドアに寄りかかり、その場にしゃがみこんで、ぼんやりと窓の外を眺める。

 行くところも仕事もなくしたぼくが、ある日突然、東(アズマ)さんに連れて来てもらった南国荘(ナンゴクソウ)。まだ一ヶ月足らずなのに、ぼくにとってここは、かけがえのない場所になってしまっていた。
 ……出て行かなければならないのが、本当に辛い。
 でももう、ここにはいられない。その気持ちはどんどん強くなる。
 だって昨日……兄さんに、されたこと。虎臣(トラオミ)くんに知られてしまったんだから。

 昨日の夜、ぼくを助けに来てくれた虎臣くんは、朝までずっと一緒にいてくれて、泣いていたんだ。夜が明けて、リビングで声をかけてもらっても、ぼくは顔を上げられず、虎臣くんの顔を見られなかった。
 ……どうしたらいいんだろう。
 昨日からずっと、彼の前から自分を消してしまうことばかり考えていたのに。
 さっき咲良さんから、今まで虎臣くんにもらった優しい時間の全部、なくなってもいいの?って聞かれて……答えられなかった。

 大切な時間。虎臣くんがくれたもの。
 だけど、ぼくは彼を傷つけるばかりだ。

 嫌悪感がこみ上げて、自分のベッドに近づけない。ここで昨日、兄さんに無理やり身体を引き裂かれた。
 あんなことはもう何年も前から続いていたし、ぼく自身、慣れていると思ってたんだ。なのに虎臣くんの顔を思い出したら、どうしても耐えられなくて。
 ……抵抗しても、無駄だったけど。

 虎臣くんは何度も「自分のせいだ」って言ってた。
 そんなはずない。彼は何も、悪くない。
 確かに昨日、兄さんが南国荘に泊まることを、最初に言い出したのは虎臣くんかもしれないけど。兄さんがあんなことをするなんて、彼は考えもしなかっただろう。
 悪くなんかない。
 虎臣くんは、全然悪くない。
 なのに彼を傷つけて……泣かせて。
 ぼくは、彼に大丈夫だと、笑いかけることすら出来なくて。
 今までずっと優しさを与えてもらっていたのに。ぼくが立ち止まるたび、彼は笑って手を差し伸べてくれたのに。
 どうしてぼくは、こんなにダメな人間なんだろう。
 消えてしまいたい。
 この世界からも、虎臣くんの記憶からも、ぼくなんか消えてしまえばいい。

 強い力で締め付けられてるみたいに、胸が苦しい。身体の中にある、真っ黒で重たいものが、どんどん膨れ上がって。でも吐き出せなくて……いっそう自分の身体を抱きしめ、ぎゅうっと小さく小さく押さえ込む。
 このまま、消えたい。
 いなくなればいい。
 でも、その時。背中を押し付けていたドアが、外からとんとん、と叩かれた。

「アオキ、アケテ」

 咲良さんの声だ。