部屋から出てこなくていい。咲良(サクラ)さんにそう言ってもらって、ぼくは自分の部屋に閉じこもっていた。
ドアに寄りかかり、その場にしゃがみこんで、ぼんやりと窓の外を眺める。
行くところも仕事もなくしたぼくが、ある日突然、東(アズマ)さんに連れて来てもらった南国荘(ナンゴクソウ)。まだ一ヶ月足らずなのに、ぼくにとってここは、かけがえのない場所になってしまっていた。
……出て行かなければならないのが、本当に辛い。
でももう、ここにはいられない。その気持ちはどんどん強くなる。
だって昨日……兄さんに、されたこと。虎臣(トラオミ)くんに知られてしまったんだから。
昨日の夜、ぼくを助けに来てくれた虎臣くんは、朝までずっと一緒にいてくれて、泣いていたんだ。夜が明けて、リビングで声をかけてもらっても、ぼくは顔を上げられず、虎臣くんの顔を見られなかった。
……どうしたらいいんだろう。
昨日からずっと、彼の前から自分を消してしまうことばかり考えていたのに。
さっき咲良さんから、今まで虎臣くんにもらった優しい時間の全部、なくなってもいいの?って聞かれて……答えられなかった。
大切な時間。虎臣くんがくれたもの。
だけど、ぼくは彼を傷つけるばかりだ。
嫌悪感がこみ上げて、自分のベッドに近づけない。ここで昨日、兄さんに無理やり身体を引き裂かれた。
あんなことはもう何年も前から続いていたし、ぼく自身、慣れていると思ってたんだ。なのに虎臣くんの顔を思い出したら、どうしても耐えられなくて。
……抵抗しても、無駄だったけど。
虎臣くんは何度も「自分のせいだ」って言ってた。
そんなはずない。彼は何も、悪くない。
確かに昨日、兄さんが南国荘に泊まることを、最初に言い出したのは虎臣くんかもしれないけど。兄さんがあんなことをするなんて、彼は考えもしなかっただろう。
悪くなんかない。
虎臣くんは、全然悪くない。
なのに彼を傷つけて……泣かせて。
ぼくは、彼に大丈夫だと、笑いかけることすら出来なくて。
今までずっと優しさを与えてもらっていたのに。ぼくが立ち止まるたび、彼は笑って手を差し伸べてくれたのに。
どうしてぼくは、こんなにダメな人間なんだろう。
消えてしまいたい。
この世界からも、虎臣くんの記憶からも、ぼくなんか消えてしまえばいい。
強い力で締め付けられてるみたいに、胸が苦しい。身体の中にある、真っ黒で重たいものが、どんどん膨れ上がって。でも吐き出せなくて……いっそう自分の身体を抱きしめ、ぎゅうっと小さく小さく押さえ込む。
このまま、消えたい。
いなくなればいい。
でも、その時。背中を押し付けていたドアが、外からとんとん、と叩かれた。
「アオキ、アケテ」
咲良さんの声だ。