【南国荘U-N】 P:02


 のろのろと立ち上がり、ゆっくりドアを開けると、さっきぼくを慰めてくれた咲良さんが、優しい笑顔で立っていた。

「レン、帰ってキタ。オイデ」

 躊躇いに俯くぼくの肩を支えて、咲良さんが一階へ連れて行ってくれる。兄さんに会うのが怖くて、立ち竦んでしまうたび、咲良さんが肩を撫でて励ましてくれる。
 ……そんなに優しくしないで下さい。
 ぼくには、優しくされる価値なんてないんだから。

「レン、アオキ連れて来たよ!」

 リビングに入った途端、咲良さんは大きな声を上げた。その場にいた全員が、ぼくたちを振り返る。
 もちろんそこには、兄の姿が。
 そして蓮(レン)さんの隣には、学校へ行ったはずの虎臣くんの姿もあった。

 思わず顔を伏せた。大好きな人たちと、世界で一番恐ろしい人が、一緒にぼくを待っているなんて。
 蓮さんが小声で何か言ってる。
 咲良さんが隣からいなくなる気配に、おそるおそる顔を上げたら、目の前に虎臣くんがいた。

「あ…」

 朝からろくに顔を見ていなかった。
 彼の目は、痛そうなくらい腫れてしまっている。
 ……全部、ぼくが悪い。
 居たたまれなくてもう一度、下を向いた。そうしたら虎臣くんが、強くぼくの手を握ったんだ。

「…え?」
「大丈夫。守るよ」

 囁くような声。ぼくなんかに触って欲しくなくて、握られた手を解こうとしていたぼくは、虎臣くんの言葉に動けなくなった。
 守る……ぼくを?

「それで?」

 ようやく顔を上げる。蓮さんが兄の前に立っていた。
 こちらに背中を向けている兄の顔を、窺い知ることは出来ない。

「はい。長い間お世話になりましたが、蒼紀を連れて帰ろうと思います」

 断定的な、誰の意見も聞き入れる気のない、兄さんの話し方。こうなってしまったら、誰も彼に逆らえないんだ。
 とうとう、終わる。
 幸せな時間が終わってしまう。
 諦めに目を閉じた。これでいいのかもしれない。だってぼくがいたら、南国荘の人たちに迷惑をかけるばかりだ。
 でも、虎臣くんが。
 無言の反論をしているみたいに、ぎゅうっと強く、ぼくの手を握った。

「あ……」

 驚いて。
 その痛いくらいの強さとか、どきどきするような熱さに、驚いて。まっすぐに兄さんを見ている虎臣くんの横顔、呆然と眺めてしまう。
 どうして、そんな顔してるの?
 昨日はあんなに、泣いていたのに。

「唐突だな。二宮は同意しているのか?」

 低い蓮さんの声に、はっとして視線を向ける。兄さんは「優柔不断な子で」と呟きながら肩を竦めていた。

「何も自分で決められないんです。これ以上のご迷惑はかけられませんし、早々に連れて帰りますよ」
「…おかしな話だな。あんたの弟は、すでに独立しているんだろう?たとえ兄貴であっても、口出しする必要はないんじゃないか」

 いつもと同じ、低くて静かだけど、よく通る蓮さんの声。