【南国荘U-P】 P:01


 いつもカウンターに置いてある、背の高い折りたたみ椅子を、キッチンの中へ持ち込んで。トラオミは料理をしているアオキのそばに座り、熱心に何かを訴えている。
 手にしているのは、コンビエンスストアに置いてあった無料の求人冊子と、新聞に折り込まれていた求人広告だ。
 鍋に蓋をしたアオキが、ちょっと困った顔でトラオミを振り返った。

「そんな選り好みをしていたら、仕事なんて見つからないよ」
「でも蒼紀(アオキ)、苦手じゃん。人が多いところ」
「大丈夫だと思うんだけど…」
「千歳(チトセ)さんだって言ってただろ?都心で仕事を探したら、また倒れちゃうんじゃないかって。もうみんなに心配かけないって、決めたんだよね?」
「…うん」
「だったらやっぱ、近いところがいいって」
「そう…かな」
「絶対そう。ね、この近くにしようよ」
「ん…わかった」
「じゃあ、そこは決まり。それで、蒼紀はどんな仕事がいい?」
「ぼくに出来るなら、何でも」
「ほら〜また同じこと言ってるし。そんなこと聞いてないだろ。オレは蒼紀の希望を聞いてんの」

 そう言いながら、広告を何枚かめくっている。トラオミとアオキは最近、ずっとこんな風だ。

「接客とそうじゃない仕事だったら、どっちがいい?」
「ん〜…初めての人と話すの、苦手かな」
「了解。じゃあ接客は外して…大きい会社と小さい会社なら、小さい方がいい?」
「うん」
「電話で話すのは苦手?」
「電話だけ?」
「そうだよ。オペレーター」
「…女性じゃなくても大丈夫なの?」
「書いてないけど…そっか、そういえば女の人のイメージだね」

 片手で器用にペンを回しながら、トラオミはときどき何か書き込んでいる。アオキはお昼ご飯の準備中。
 今日はみんなお休みだけど、レンとチトセは買い物に出掛けたんだ。そのとき初めて、アオキは自分からレンに「お昼の用意、代わりましょうか?」って言い出した。
 少し不安そうだったけど、隣にいたトラオミに励まされてたから、二人で相談したのかな。みんなが驚いている中、レンだけは表情を変えずに「そうしてくれ」って。当たり前のように答えたんだ。
 任せてもらえたアオキは、本当に嬉しそうな顔で笑ってた。あんな風に笑うアオキを見たの、初めてだったな。

 最近、アオキは驚くぐらい可愛くなったんだよ。髪を少し切ったせいかな。
 お兄さんであるヒロナリが帰った翌日、トラオミと一緒に出掛けていったアオキは、髪を切って帰って来たんだ。