【南国荘U-@-T】


@-T:咲良



目の前に現れたのは、憧れ続けていた初恋の人。初めて会えたその人は、容姿も声も何もかも、咲良を魅了してやまない。
父が彼と会うことを知り、一緒に行きたいと願ったのは正解だった。
熱い思いを込めて見つめている咲良に、その男…蓮は少し戸惑っているようだ。でもそんな姿さえ、可愛い。

酒食の席で語られる、六浦家の話と咲良が来日した経緯。蓮と父である六浦 陣との過去。耳を傾けながら咲良は、初めて蓮の写真を見たときの衝撃を思い出す。
実際に会った彼は、思ったより無口。想像より無表情。でも低い声や言葉少ない話し方、立ち居振る舞いが謎めいて見えて、咲良は蓮の全てに心惹かれた。

「旅行誌の仕事見せてもらったよ…よく撮れていた。いい出来だ」
「ありがとうございます」

文章も書いているというその仕事。父に褒められたのが嬉しかったのか、蓮が初めて柔らかく笑った。
もう、たまらない。今すぐにでもここから連れ出して、押し倒してしまいたい。

「お母様はお元気かい?蓮が旅行誌の仕事をしていると聞いて驚いたよ。家のことはどうしてる?」
「母は相変わらずですよ。でも、そうですね。最近はイトコや友人と一緒に住んでいるので、彼らの手が借りられる分、時間に余裕を持てるようになりました」
「それは良かった。親孝行なのは素晴らしいことだが、そのせいで君の才能が埋もれてしまうんじゃないかと、少し心配していたんだ」

感慨深げに頷いている父は、咲良の方を見て笑いながら蓮を指さし「こう見えて」と話し出した。

「こいつの料理の腕は絶品なんだ。俺も一度泊めてもらったことがあるんだが、雰囲気のある大きな屋敷でなあ。そこをこいつが一人で切り盛りしていたんだ」
「大きナ…屋敷…」
「ああそうだ。南国荘、というんだったかな?本当に蓮は、いつどこへ嫁に出しても恥ずかしくない奴なんだから」
「陣さん…やめてください」

父の言葉を聞いて、咲良は目を輝かせた。

「ジン、ボクもそこに住みタイ」
「…え?」
「どういう意味だい?咲良」
「レンのイトコやトモダチも一緒に住んデいるんデショ。ボクも一緒に住みタイ」
「いや…あの」
「ああ!そうだね。確かにお前を一人で生活させるより、その方が俺も安心だ。どうだ蓮、何とかならんか」
「何とかって…しかし陣さん」
「もちろん迷惑なら無理にとは言わんが、お前なら俺も信用して息子を任せられる」
「いや…その」
「金のこともお前の都合に合わせるぞ。どうだ蓮、この通りだ」
「陣さん…」
「頼むよ蓮」
「お願いシマス!」

渋い顔で断る言葉を探す蓮だったが、必死に頼み込む六浦親子を前に、とうとう首を縦に振ってくれた。

明後日、咲良は成田空港へ父を見送りに行き、一人で夕方の街を南国荘へ向かう。もちろん父は挨拶のため、一緒に行くと言ってくれたのだが、一刻も早く蓮を口説きたくて、咲良はそれを断ったのだ。
もちろん今回は数日だけの滞在になるが、すぐに戻ってくる。少しでも蓮の住まいを見ておきたくて、咲良は自分だけ日本滞在を延長したのだ。
駅からの道は聞いていたが、思ったよりわからなくて迷っていると、見ず知らずの花屋が声を掛けてくれた。聞けば彼は、南国荘に出入りしていると言う。
ありがたく彼に案内してもらい、南国荘にたどり着いた。
緑の溢れる南国荘。咲良の知っている日本とも、乾いたギリシヤの風景とも違う独特な雰囲気に、わくわくしてしまう。門から庭へ入っていくと、屋敷の前に蓮が立っていた。どうやら咲良を待っていたわけではなく、話している二人の男のために出てきた様子。
ボストンバッグを手にしている蓮は、彼らの向こうに咲良を見つけ、少し驚いた表情になった。

「よくたどり着けたな…駅から連絡すれば迎えに行ってやったのに」

そう呟いた蓮の優しさが、たまらなく嬉しかった。思わず駆け寄った咲良は、強く蓮を抱きしめる。困惑している蓮。その髪に指くぐらせ「会いたかったヨ」と囁いた。

「…なに?」
「一度会ってシマッタら、もう一日モ離れたくナクナッテしまったんダ。昨日がどんなに長カッタか」
「おい…何を言って…」
「キミを愛してるんダ、レン」

さすがの蓮も目を見開いて驚いている。愛しげに頬を撫でる咲良の顔が、ゆっくり近づいてくるのに気付き、蓮は強い力で咲良を引き離した。

「血迷うな、俺は男だ」
「わかってるヨ、レン」
「…どういう…」
「ボクはゲイだから。何も問題ナイヨ」

にこっと笑った咲良の爆弾発言。
無表情の蓮が青ざめる。そんな驚かせるようなことを言っただろうかと咲良が振り返ってみると、物も言えずに見ていた二人の男も、青くなって固まっていた。