【南国荘U-@-U】


@-U:咲良


不機嫌な蓮に案内された南国荘の二階。そのうちの一部屋が、咲良のために用意された部屋だ。
咲良としては蓮と同じ部屋でも構わないのだが、さすがにそうもいかないだろう。

到着した日の夜は歓迎会ということで、同じ日に越してくることになった蒼紀と二人、南国荘の住人たちを紹介してもらった。
隠す気はないので、自分がゲイであることも、レンを愛していることも、あっけらかんと話してしまう咲良に、住人たちは驚いて。でも虎臣と伶志は爆笑したのだ。

「あははは!じゃあ、蓮さん口説く気なの君?!ツワモノだなあ!」
「すげえ笑う…マジで?なんかさすが外人ってカンジ」
「…トラくん。咲良くんはガイジンじゃなくて、ギリシヤ人。ご本人を前にして失礼だよ」

たしなめる千歳は蓮以上に不機嫌だ。
一応は歓迎してくれている様子の住人たちの中、予想以上に美味しい蓮の料理を咲良が味わっていると、のんびりした声で榕子が呟いた。

「でもさくらちゃん、かわいそうに…残念ねえ」
「カワイソウ…ザンネン?」
「そうよ。蓮ちゃんとちーちゃんは、まだまだラブラブの新婚さんだから。ちょっと無理なんじゃないかしら」
「…え?」

驚く咲良が千歳を見ると、千歳は「榕子さんっ」と慌てた様子で、耳まで赤くなっている。蓮も否定しなかった。

蓮と千歳が恋人同士。
そう聞かされても、咲良はいまいちピンと来ない。
華奢な印象のある千歳は可愛らしい人だと思うが、とくに食事の間も蓮の隣に座るわけでもないし、別の部屋で寝起きしているようだし、咲良には二人の間に情熱が感じられないのだ。
もし本当に二人が恋人なのだとしても、それは過去のことで、もう愛は冷めているんじゃないだろうか?

翌日も千歳は、蓮とキスさえ交わさず仕事に行ってしまった。あんな様子で恋人なのだといわれても、信じられるはずがない。
仕事が休みなのか、家の雑事をこなしている蓮にまとわりつき、一生懸命に口説く咲良。しかし確かに彼はつれなかった。

「本当にチトセはレンの恋人ナノ?」
「ああ」
「ホントに?」
「しつこい」
「キスやセックスもちゃんとシテル?」
「お前に言う必要はない」

うんざりした蓮が逃げ回る。咲良がそれを追いかける。
冷たくあしらう蓮だけど。突き飛ばしたり殴りつけたりはしない。声を荒げることもない。それはもしかして、拒絶できない程度には咲良のことを受け入れてるんじゃないだろうか。
自分本位でポジティブなことを考え、咲良は蓮を追いかける。

夜まで咲良に口説かれ続けた蓮は、疲れ切った顔で部屋へ引き上げていった。仕方なく自分も部屋へ帰り、明日の一時帰国のため荷造りを始めた咲良だが。ふとまだ蓮の部屋を見ていないことを思い出した。
さっそく一階へ降りていき、部屋を訪ねようとして。立ち止まる。

「なんでお前が不安になるんだ」
「だって…」
「俺を疑うのか?」
「そうじゃないよ!そうじゃ…ないけど」

俯く千歳を抱き寄せ、蓮が耳元に何か囁いている。優しく顔を上げさせ、唇を重ねる二人のことを、咲良がいまだ信じられない思いで見つめていると、誰かがそっと腕を引っ張った。
しい、と沈黙を促すように唇の前で指を立て、咲良の腕を掴んだまま歩き出したのは虎臣だ。
キッチンまで連れて行かれた咲良は、やっぱり信じられなくて二人のいた方を振り返ってしまう。
キス、してたけど。あんな触れるだけのキスなんて、挨拶の延長みたいじゃないか。

「千歳さんはさ」

静かに話し出す虎臣を見つめる。
彼はこの南国荘で一番幼いが、やけに大人びた表情をしていた。

「ずっと蓮さんのことが好きだったんだ」
「トラオミ?」
「蓮さんもそうだよ。あの二人を見てるとオレ、欠けたものが埋まる瞬間って、ああいう感じなのかなって思う」

 冷蔵庫を開いた虎臣は、ミネラルウォーターのペットボトルと、缶ビールを一本取り出した。

「アンタが蓮さんを好きな気持ちは否定しないよ。諦められない気持ちもわかる。オレだって同じだった」
「トラオミ…」
「初恋はめったに実らないんだってさ。もうビールでも飲んで寝ちゃいなよ」

苦笑いを浮かべて咲良に缶ビールを押し付けた虎臣は、キッチンに咲良を残したまま二階へ上がっていった。
虎臣に言われたことをちゃんと理解できたのは、部屋へ戻って辞書を開いてから。彼は咲良に諦めろと言いたかったのだ。
その言葉の言い回しは、日本人らしい回りくどさと、繊細な気遣いに溢れていた。
でも自分の中にある情熱を否定することは出来ない。愛している気持ちはなくならないのだから。

最終日、14時発の便でアテネに向かう咲良のことを、昼から都内で撮影があるという蓮が、車で成田まで送ってくれた。
昨夜虎臣に言われたことを考えていた咲良に、蓮が「今日はおとなしいな」と呟く。
ハンドルを握る横顔。少年の気遣いは嬉しいが、やっぱり咲良には諦めることなど出来そうにない。
車が停まり、荷物を手にした咲良はドアを開いたままで、蓮の肩を引き寄せた。

「スグに戻ってくるヨ、レン」

帰ってくるまで自分の熱い想いを忘れないでいてもらえるよう、蓮がシートベルトに抵抗を封じられているのをいいことに、しっかり口付ける。
強い力で押しのけられた咲良は、明るく笑って蓮に手を振った。

「エフハリストー!」

駆け出す咲良は、帰国前だというのにもう再来日する日のことを考えていた。