【南国荘V-1日目】 P:01


【一日目】

・その日、十塚は自分が不機嫌だということを理解していた。勤めている運送会社のコーディネーターに嫌がらせを受けたのだ。
これから一週間かけて、東京→福岡を網の目のように走らなければならない。
ぐったりした気持ちで、いつも寄るコンビニへ行くと、そこで見慣れぬ青年と出会う。

・まだ夜が明けるかどうかという、薄暗い時間。蹲っている彼は、遠目に見るとまるで少年のような細い肢体。
最初は横目に見て通り過ぎた。買い物を済ませたレジで、顔見知りのバイトにその青年がずーーーっとそうしていることを聞かされる。
完全に八つ当たりだけど。邪魔だと一喝してやったら、青年は逃げるようにそこを立ち去った。

・コンビニに駐車場で仮眠を摂り(コンビニの店長と懇意にしているので了承済み)、トラックを走らせる。普段は誰も使わないようなバス停で、小さく蹲っている青年を見つけた。
八つ当たりの自覚はあったから、ちょっと罪悪感。どうしても気になって、十塚は一度そこを通り過ぎたものの、引き返して彼に声をかける。

・完全に怯えている青年だが、さすがに春先の野宿は寒かったのだろう。とにかく乗れと促す十塚に、顔を強張らせながら従った。
思わぬ綺麗な顔立ちの横顔。十塚は未成年ではないことを確認し、コンビニで買っていた自分の昼食を渡して、まずは急いで荷物の引き取りに向かう。

・顔見知りの社員から「リフト使っていいよ」と声を掛けられ、ありがたく好意に甘えた。十塚が仕事をしている間、青年はぽかんとした表情で自分の仕事を見ている。
トラックから降りたのなら、帰る気になったのか?しかし十塚が運転席に乗り込んだら、彼もそのまま助手席に乗り込んだ。

・車内で「帰れ」「……」「何か言えよ」「…うん」という不毛な問答を続ける。近くまで送ってやると言っても、青年は首を振るばかり。何かあったのか?家族は?金がないのか?何度も聞くが、煮え切らない答えしか返ってこない。
業を煮やした十塚は、近くの駅でトラックを停め、千円札を握らせて強引に青年を降ろしてしまう。
何か言いたそうな、縋るような視線に後ろ髪を引かれるも、十塚は気付かなかったことにしてその場を立ち去った。一週間の日程は、そう長距離ではないものの、立ち寄り先が多くて時間的な余裕がない。他人に構っているヒマなんかないんだ。そう自分に言い聞かせるのだが、どうしての青年の様子が気になって、高速の入り口からUターン。

・焦りを感じながらも駅へ戻ると、彼はやはり降ろしたままの場所、下ろしたままの格好で立ち尽くしている。仕方なくトラックを寄せたら、青年は助手席のドアを開けた。
自分を見つめる視線にぎょっとした。心底ほっとした顔になったと思ったら、それがしだいに歪んで、瞳が涙に濡れていく。
どうにもこういう顔に弱い。顔というのか視線というのか。昔から捨て猫や捨て犬を拾っては、両親に叱られていた。

・とうとう「乗れよ」と言ってしまった。こくんと頷いた青年は助手席に乗り込み、シートベルトをつける。
「…らいち」
「は?」
「…名前、ライチ」
「ライチね。俺は十塚憲吾」
「…うん」
「言っておくが、俺は今日から一週間以上、東京に戻らない。このトラックに乗るって事は、そういうことだぞ」
「…うん、わかった」
「もう一度だけ聞く。お前は未成年じゃないんだな?」
「…うん」
「心配して捜索願を出すような家族もいないんだな?いつの間にか誘拐犯にされるようなことは、ごめんだぞ」
「…うん、へいき…だれも、探さない」
うな垂れるライチに溜め息を吐き、十塚はアクセルを踏む。
不思議な青年とのおかしな旅が、始まってしまった。