ここのところ、暇を見つけては自分の前に現れる人。
「一条先輩……」
三年生の一条(イチジョウ)はにやにや笑いながら炯を見つめている。生徒会長じきじきのお出ましに、炯のそばにいたクラスメイトがそっと離れて行った。
「帰らないのか?帰宅部なんだろ」
「帰るところですよ」
「じゃあちょっと付き合えよ」
「だから…帰るところなんですってば」
「それを待ってたんだよ。手間取らせないから付き合えって。もう帰るだけなんだよな?」
じとりと上目遣いに見つめてみるが、意に介した様子もない。にやりと笑う視線の奥が鋭い光を宿していて、炯は一条がどうにも苦手だった。面倒がって適当に済ませようとしている自分のこと、全部見透かされているような気がする。実際、鋭いことを言われてぎくりとすることも、少なくない。
「僕、予定があるんですよね」
「でも教室で喋っていられるくらいの時間は、あるんだろ?」
「いやだから……」
「なにも取って食うつもりなんかないって。せっかく足運んでやったんだから、付き合いなさい」
「……。は〜い」
どうにも諦めてくれそうになくて。ため息を吐いた炯は、自分の鞄を持ち上げた。
連れて行かれたのは、生徒会室。一条の根城と呼ばれていることは、クラスメイトから聞かされて炯も知っている。
彼は中学生とは思えない行動力の持ち主で、生徒会長就任後はどんどん校則を変えているらしい。正攻法で掛け合ってくる一条に、教師達も頭を悩ませているのだとか。
一条にとっては校則改定も一種のゲームなんだろうと、炯には容易に想像できたけど。自分がそのゲームのコマのひとつになるのは、歓迎できる話じゃない。
「で、何の用ですか?」
いやな予感を感じながら、あえて聞いてみる。生徒会室の会議用テーブルに積み上がったプリントの束は、何を示しているのだろう?
「察しが良くて、助かるよ」
「良くないですっ」
「大した量じゃないって」
「十分大した量じゃないですかっ」
「すぐ済むすぐ済む」
「手間取らせないって言ったくせに!うそつき〜」
「炯くんだって、予定もないのに予定あるって言ったんだろ?お互い様だよ」
やだやだ、と頭を振ってみるが、笑みを絶やさず「まあまあ」なんて言っている一条には聞いてもらえそうもない。溜息をつく炯は、結局手近な椅子に座り、指示通り二枚合わせたプリントを、半分に折り始めていた。
「悪いね。今日はなんか、誰も捕まらなくってさ」
「いいですよもう」
「どうせだったらこのまま、生徒会入っちゃえよ」
「嫌です」
いつになったら終わるんだろうと、げんなりしながら上の空で答えている炯の手を、一条が横から掴んだ。
「先輩?」
「結構、本気なんだけどな」
「何がですか」
「生徒会」
「だから…無理ですってば」
自分の任期中に生徒会に入れというのは、初対面からなぜか変わらず一条に要求されている話。冗談じゃない、と吐き捨てている本心をきれいに隠して、炯は困った顔で笑っていた。
一条は三学年通じて人気のある生徒だ。炯より10センチ以上高い身長も中学生にしては大きいほうだし、何よりこの大人びた容姿が女子の興味を引くだろう。切れ長の目元が涼しくて、それでいていつも笑顔を絶やさないのだから。ノリのいい彼についていく生徒は多い。炯を誘わなくったって、仲間に入れてほしがる生徒は多いだろうに。
――なに面白がってんだか…
ワガママな理由で旭希を構い倒している炯が言うには、あまりに勝手なことを考える。
「俺さあ、これでも結構モテるんだよ」
いきなり話を変えてきた一条に、炯は首をかしげながら「知ってますよ」と不思議そうな顔になった。今度は何を言い出すつもりなのだろう。
「だからかなあ?ワガママなんだよな」
「……はあ。そうなんですか?」
「その他大勢で我慢できるほど、寛大じゃないんだ」
じっと見つめられて、炯は思わず肩を震わせた。
「先輩……」
「炯くん、俺が卒業するまで逃げ切っちゃえば終わりだと思ってるだろ」
図星を指されて、青ざめる。
「それどころか、俺が飽きちゃえば面倒臭くなくていいとか、思ってるよな?」
「あの……」
「どうせ俺も、きゃいきゃい君に纏わりついてる一年坊主たちと同じだって?どうせ自分のことなんか何もわかってないんだから、上っ面だけ笑ってればいいと思ってんだろう?」
今まで誰にも指摘されなかったことをズバズバ言われて、さすがに炯は怯えた顔になる。